東南アジアの熱帯雨林は季節性が乏しく、そこに生育する樹木は気象条件の機微な変動に応答し、群集レベルで同調して開花や展葉を行っている。これらの樹木のフェノロジーは植食者や花粉媒介者など他の生物や地域の生態系に対し、餌資源の増減といった効果を介して大きな影響を及ぼしている。本申請研究では複数の分類群の熱帯樹種を対象にして、遺伝子発現量と目視による展葉・開花フェノロジーデータや気象データとの関係から、熱帯樹木の種レベルかつ群集レベルのフェノロジー現象を遺伝子レベルから明らかにすることを目的としている。今年度は昨年RNA抽出とRNA-seqを実施したサンプルについて、解析を実施した。2019年2月から3月にボルネオ島で起きた短期間の乾燥に解析対象の樹木が全て応答しており、それらの時期が種間で異なっていた。またその後に開花に関わる遺伝子の発現が起きたが、種による時期の違いが分かり、表現型データとの一致が確認された。最も個体数の多いフタバガキ科の樹木は、乾燥および低温ストレスに応答する遺伝子の発現量が増加した後に開花関連遺伝子の発現量が増加しており、先行研究と一致した。開花した個体と開花していない個体を比較した場合、花芽の形成前に硝酸輸送およびリン酸関連の遺伝子発現量が有意に増加しており、窒素およびリンの両方が熱帯樹木の開花に重要であることが示唆された。解析対象としたマメ科、カキ科についても、降水量が減少した時期に乾燥応答の遺伝子発現量が有意に増加しており、その後に開花が見られたことから、乾燥と開花について関連性がある可能性が示唆された。以上のことから、今回調査対象とした熱帯樹種は、熱帯地域の気温や降水量の機微な変化に応答し、開花や展葉などの生物季節的な現象を起こしていることが発現遺伝子のレベルから確認された。
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