深海熱水噴出孔周辺には、化学合成生産に支えられる特異な底生生物群集が存在する。これら熱水性種が個体群を維持するためには、離れ小島のように分布する熱水噴出域間を移動する必要がある。底生動物は成体の移動能力が低いため、浮遊幼生期の海洋分散が地理的分布の決定ならびに進化過程に重要な役割を果たす。しかしながら、広大な海洋において、1 mmに満たない幼生の分散過程は未解明な点が多い。本研究では、海底から表層圏を範囲に、熱水域固有動物幼生の生態、行動、鉛直・水平分布の包括的な調査を行うことで、分散機構を体系的に明らかにし、幼生分散が生物群集の成立、生態系の機能および物質循環に果たす役割を評価する。 令和4年度は、深海熱水域固有シンカイフネアマガイ亜科貝類を材料として、成体の地理的および水深分布、集団遺伝構造、幼生および成体の形態的特徴、貝殻化学分析に基づく幼生行動履歴に関する知見を統合し、浮遊幼生期における分散機構を評価した。その結果、同腹足類の複数系統において、1000 km以上の地理的分布全域に渡る任意交配集団の形成、海底から海洋表層への幼生鉛直移動、ならびに表層流を用いた長期の分散を明らかとした。これらは、地理的に広域分布を示すプランクトン栄養発生性の熱水域固有動物において、浮遊幼生期における海洋表層分散は広く一般的な生態であることを示唆する。同幼生分散は熱水噴出域間の移動に重要な役割を果たすとともに、海洋表層-深海底および光合成生態系-化学合成生態系間の物質循環に貢献する興味深い生態学的視点と考える。本年度は、これらの成果についてWorld Congress of Malacology 2022および5th Deep Sea Biology Society Seminarにて発表を行うとともに、国際学術誌上での公表に向けて原著論文化を進めた。
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