研究課題/領域番号 |
19K15958
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研究機関 | 北海道大学 |
研究代表者 |
鈴木 裕 北海道大学, 農学研究院, 助教 (10793846)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2021-03-31
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キーワード | ウシ / ルーメン / 上皮組織 / 前駆細胞 / 組織発達 |
研究実績の概要 |
ウシの栄養獲得の要である反芻胃(ルーメン)は離乳後の成長期に急速に発達するが、どのような細胞群が組織発達に関わるのかといったミクロなメカニズムは解明されていない。当グループは予備研究において、ルーメン上皮では基底層のみに増殖活性を持つ細胞群が存在することを見出した。本研究では、上記の細胞群が組織幹細胞としてルーメン発達に関与するのではないかと考え、そのメカニズムの解明と、体外でのルーメン幹細胞培養技術の確立とその応用を目的とした。 本年度は、まずルーメン上皮の前駆/幹細胞の同定とその性質といった基盤的な情報を得ることを目指した。遺伝子発現解析から、ルーメン上皮組織は一般的な重層扁平上皮と同じ幹細胞マーカー遺伝子を発現することが確認されていた。そこで、免疫染色法によりマーカータンパク質の組織内局在を調査し、基底層に特異的に発現する幹細胞マーカータンパク質を新たに見出した。また、ルーメンが活発に発達する離乳前後の時期では、基底層細胞の対称分裂および非対称分裂が活発に起こっていることを示す結果が得られ、基底層細胞の活性化による組織発達モデルが示唆された。次に、ルーメン上皮幹細胞を維持するニッチ環境を検討するために、ルーメン上皮で高発現する細胞増殖因子や細胞外マトリックスタンパク質を検索した。その結果、EGFなどの増殖因子や、コラーゲン、ラミニンがニッチ因子の候補として挙がった。これらの因子を用いた培養条件をミニスクリーニングし、少数の細胞からでも活発なコロニー様細胞増殖を起こす培養条件を見出した。この培養条件は当グループの以前の培養系よりも優れた増殖性を示した。 本年度の研究結果から、ルーメン上皮における前駆/幹細胞の存在およびそのニッチ環境の一端が明らかになった。これを応用することで培養系を改良できたが、継代培養に依然として制限があり、培養法のさらなる改良の必要性も示された。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本年度の研究計画では、ルーメン上皮の前駆/幹細胞の同定とニッチ環境の検討、および組織幹細胞の培養系の構築と最適化を予定していた。ルーメン幹細胞の同定とニッチの検討については、基底層細胞の性状解明が予定通り進み、組織発達への関与を示唆する結果が得られた。また、特異性の高いマーカータンパク質を発見したことで、これらの細胞の高純度な分取法への応用が可能と考えられ、トランスクリプトーム解析などによる前駆細胞維持機構のより詳細な解明への応用が期待される。また、基底層細胞の培養系の確立では、培養条件のミニスクリーニングにより、これまで特に問題のあった培養容器への細胞接着性が大幅に改善され、少数の細胞からでもルーメン基底層細胞を増殖させることが可能となった。さらに、基底層細胞の分化を調節するシグナル経路を示唆する知見が得られたことから、来年度のルーメン上皮細胞の分化機序の解明や、分化培養系の確立に有益な情報が得られた。培養系に改善の余地はあるが、本年度は予定としていた項目を概ね検討することができた。
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今後の研究の推進方策 |
次年度は「分化機序の検討と分化培養系の構築」、および「飼料スクリーニング系の開発」を予定している。全体計画として概ね順調に進展しているため、当初の計画通りに研究を実施する。本年度の課題として残った培養ルーメン上皮細胞の継代性の改善については、ストレス誘導性の細胞老化が起きていることが推察されるため、基礎培地成分の見直しや、酸化ストレス防止剤やmTOR阻害剤などの使用により早急な解決を目指す。分化機序の検討と分化培養系の構築については、本年度の結果から分化調節の候補因子が見いだされているため、分化機序はこの物質の具体的な作用を主に培養細胞を用いて検討する。また、オルガノイド培養などの一般的な分化培養モデルと併用し、速やかにルーメン分化培養系を確立する。ルーメンは管腔内で大量に産生されるSCFA代謝能の発達が特徴的であり、単純な分化培養モデルではこれは再現できないと考えられる。分化培養後にSCFA処理による代謝能の誘導を試み、より正確な培養系モデルの作製を目指す。スクリーニング系の開発では、すでにルーメン上皮の発達を促進すると知られる物質(酪酸、プロピレングリコール)を基準物質として妥当なスクリーニング系を作出する。これにより上皮細胞の適切な増殖・分化を促したり、代謝能を活性化する飼料中物質の発見を念頭に、まずはミニスクリーニングを行うことを検討している
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次年度使用額が生じた理由 |
遠隔地での実験用サンプル採取に必要な旅費やサンプル購入費用を削減できたため次年度使用額が生じた。今後の研究において、ルーメン上皮細胞の分化培養系の確立の際に当初の予定よりも検討する方法を増やすために、当該の残余額を充当する。
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