低血圧の健常犬において、エフェドリンは心収縮能を上昇させることで1回拍出量を増大させて血圧を上昇させるが、フェニレフリンは心収縮能を上昇させずに血管抵抗を増大させることで血圧を上昇させた。このエフェドリンとフェニレフリンの昇圧作用は僧帽弁閉鎖不全症の犬においても同様であったが、僧帽弁閉鎖不全症の犬では昇圧作用が減弱した。特に僧帽弁閉鎖不全症の犬に対するフェニレフリンの投与は、一時的な昇圧作用を得られるものの左室前負荷上昇が生じた。ノルアドレナリンの持続静脈内投与は用量依存性に血管抵抗を上昇させるため過剰な投与量では左室前負荷を上昇させるが、適切な用量であれば強心作用と血管収縮作用により左室前負荷を過度に上昇させずに十分な昇圧作用を得ることができた。 また、アトロピン前投与の有無は昇圧薬の効果に大きな影響を与えることも明らかとなった。特にエフェドリンは犬において迷走神経反射による心拍数低下を引き起こし、昇圧作用が減弱してしまうことが明らかとなった。犬において昇圧薬を投与する前にアトロピンを前投与しておくことでより効果的な昇圧作用を得ることができる。 麻酔時の低血圧は心臓の収縮能力が低下することが1つの要因であることから、安全性の高い強心薬であるピモベンダンを前投与することで麻酔時の低血圧を予防できないか実験を行った。ピモベンダンは生理食塩水を投与した群と比較して、心臓の収縮能力は向上させたが、低血圧をむしろ助長する結果となってしまった。これはピモベンダンの有する血管拡張作用が関わっているものと考えられた。 上記の研究結果により、僧帽弁閉鎖不全症モデル犬において最も効果的な昇圧薬はアトロピンを前投与した状態でのノルアドレナリン持続静脈内投与であることが明らかとなった。
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