海馬における恒常的な神経幹細胞からのニューロン産生は、記憶・学習などの高次脳機能維持に重要である。しかしながら、その数は加齢に伴って減少し、それが老齢期における記憶学習能力低下の一因とされている。加齢に伴う生理的・病的な変化として、タンパク質の分解系の活性低下により誘導される小胞体ストレ ス、およびその遷延化を介したタンパク質代謝の恒常性維持機構の破綻が知られている。これまでに、タンパク質分解系の活性に重要な小胞体膜分子Derlin-1の 中枢神経特異的な欠損マウスが、成体神経幹細胞の枯渇や脳内炎症など、老齢マウスと類似した表現型を示すことが明らかにしてきた。本研究では、この Derlin-1の欠損マウスを脳内老化モデルと仮定し、神経幹細胞の挙動やニッチの変化を解析し、加齢によるニューロン産生や記憶学習能力の低下を引き起こす新規機構の提示を目指している。 今年度は、ラット海馬由来の成体神経幹細胞を用いた解析により、新たに明らかになったDerlin-1の成体神経幹細胞の静止状態維持のメカニズムの解析を行なった。具体的には、成体神経幹細胞においてDerlin-1のノックダウンを行い、変動する遺伝子をRNA-seqにより解析した。その結果、いくつかの候補遺伝子が見つかった。そのうちの一つを神経幹細胞でノックダウンしたところDerlin-1のノックダウンと同様の表現型が得られ、さらにDerlin-1をノックダウンした細胞に過剰発現を行うことで表現型がレスキューできることが明らかになった。このことから、Derlin-1の欠損マウスで脳内老化状態を引き起こすのに関連する重要な候補遺伝子を発見することができた。加えて今年度は、Derlinファミリータンパク質であるDerlin-2に関する解析も行い、成体幹細胞の恒常性の破綻がDerlin-1の欠損特異的であることも明らかにした。
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