低温への適応は動物の生命維持に極めて重要な生体応答の一つである。しかし、低温の影響を評価するための決定的な細胞実験系の欠如から、どのような分子機序によって低温応答が制御されているかについては、ほとんど理解が進んでいない。申請者はこれまでの研究において、リノール酸(脂肪酸の一種)を含む栄養飢餓条件で培養した細胞を低温に数分間暴露させると、その後の飢餓において脂質代謝が活性化され細胞死が遅延することを見出した。昨年度では、この低温応答は、低温暴露によりリノール酸代謝酵素などの脂質代謝関連酵素の発現誘導を司る分子として知られるα型ペルオキシソーム増殖剤活性化受容体(PPARα)の発現が亢進することにより誘導されることを明らかにした。さらに、低温暴露によりPPARαの分解を制御するユビキチンプロテオソームシステム(UPS)が阻害され、その結果PPARαの発現が亢進することが分かってきた。そこで、2020年度では、UPSの低温応答性の生物的意義の解明を目指した。具体的には、UPSの第一律速酵素であるユビキチン活性化酵素の温度感受性に関して、恒温動物と変温動物における生物種間差を比較検証した。その結果、哺乳類と魚類におけるユビキチン活性化酵素のアミノ酸配列は酷似しているものの一部に特筆すべき差異が見られた。そこで、哺乳類のユビキチン活性化酵素を魚類のそれに入れ替えた哺乳類細胞を作製し、上記実験系を用いて、ユビキチン活性化酵素の種間差が細胞の低温応答性へ及ぼす影響を解析することとした。これまでに、CRISPR-Casシステムを用いた遺伝子組み替えに用いるためのプラスミド構築を完了した。目下、それらを用いた細胞実験系の構築に取り組み、表現系の解析を行なっている。
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