着床前の受精卵は胚体と胚体外の両方に分化可能な全能性を有するが、この分化全能性は、内部細胞塊(ICM)と栄養膜外胚葉(TE)への最初の分化が生じる胚盤胞期以降に消失する。このヒト発生における分化全能性の消失には、エピゲノムによる不可逆的な制御が必要だが、その証拠は発見されていなかった。 所属研究室では、世界で初めてヒト胚盤胞から栄養膜幹(TS)細胞の樹立に成功した。そこで申請者は、この培養技術を用いて、ヒト胚性幹(ES)細胞がTS細胞へ分化する能力を持つかどうか検討を行い、ヒト発生における分化全能性の消失機構の解明を目的とした。昨年度まで、ES細胞はTS細胞と形態的によく似た細胞(TSL細胞)へと変化ことを示したが、得られた細胞の増殖能および分化能は極めて低く、TS細胞としての性質を保持していなかった。さらに、トランスクリプトーム解析やエピゲノム解析を行い、TSL細胞の増殖・分化異常に関わる候補遺伝子を明らかにした。 今年度は、ゲノム編集やエピゲノム編集技術を駆使し、TSL細胞の増殖・分化異常に、霊長類特異的なインプリント遺伝子であるC19MCの発現異常が関与していることを突き止めた。このインプリント遺伝子はTS細胞では高発現しているが、ES細胞およびTSL細胞では発現しておらず、ES細胞からTS細胞への分化転換を阻害するエピジェネティック障壁として機能していた。以上から、胚体と胚体外組織におけるヒト特異的なインプリント制御の違いが分化全能性の消失に関与する可能性を示唆した。
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