本研究では、分裂を伴わない細胞周期である核内倍加が組織の機能分化を引き起こす分子基盤を解明することを目的とし、ショウジョウバエ内分泌組織(エクジソン産生組織)である前胸腺をモデル系として用い、核内倍加によるエクジソン産生制御機構を明らかにすることを目指した。 本研究では、ヘテロクロマチン領域にリクルートされる性質を持つPIAS(protein inhibitor of activated STAT)と、ヘテロクロマチン領域に局在しヘテロクロマチンの正常な構造の形成に必要な因子であるHeterochromatic protein 1(HP1)に着目し遺伝学的解析を行い、1年目に以下の結果を得た。①PIASおよびHP1をノックダウンした前胸腺では核内倍加は阻害されない。②PIASおよびHP1ノックダウン個体では、ヘテロクロマチン領域に位置するエクジソン合成酵素・Neverlandの発現が選択的に低下し、エクジソン産生が活性化しなことにより幼虫で発生を停止する。③PIASおよびHP1ノックダウン個体にNeverlandを過剰発現させることにより、幼虫から蛹への移行が誘発される。また、1-2年目の研究により、④PIASおよびHP1はヘテロクロマチン領域に発現することが確認された。これらの結果から、PIASとHP1は核内倍加の下流でヘテロクロマチン領域の構造ならびにNeverlandの発現を制御するというモデルを考えるに至った。 2年目には、PIASおよびHP1の変異体の表現型を解析し、どちらの変異体においてもNeverland遺伝子の発現が低下し、これらの個体は幼虫期で発生を停止することを見出した。また、これらの変異体の前胸腺において核内倍加の進行は顕著に抑制されていなかったことから、PIASおよびHP1は核内倍加の下流でNeverlandの発現を制御するというモデルが支持された。
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