本研究では神経行動学のモデル種であるキイロショウジョウバエとその近縁種において、特定の神経回路を比較することで新規な求愛行動を生み出す機構の理解を目指した。キイロショウジョウバエと同属のDrosophila subobscuraの雄は求愛する過程で、消化管の内容物を吐き戻し、口移しで雌に与える。このような婚姻贈呈は同属他種にはみられないため、本種において新規に獲得された行動様式だと考えられる。本研究では、婚姻贈呈を示すD. subobscuraを研究に用いることで、新規な 求愛行動様式の獲得をもたらす神経メカニズムの解明に挑んだ。 これまでに私たちは、Drosophila subobscuraの婚姻贈呈を含めた求愛行動を制御する脳内約2000個の細胞からなる神経回路を明らかにした。この神経回路は雄特異的転写因子であるfruitlessと呼ばれる遺伝子を発現しており、キイロショウジョウバエにおいても求愛行動の実現に重要な働きをしていることがわかっている。この神経回路の何らかの違いによって求愛行動が変化する可能性が考えられるものの、どういった細胞に・どのような変化が起きることで新規な求愛行動の獲得が生じるのかはわかっていない。 昨年度までに、Drosophila subobscuraにおいて求愛行動を制御する脳内約2000個の細胞からなる神経回路の中から、婚姻贈呈に関連する神経細胞群を同定することに成功した。そこで、今年度は同定した神経細胞群の機能をキイロショウジョウバエと比較した。これにより、婚姻贈呈の進化的獲得をもたらすと考えられる神経機能の種間変化を明らかにした。 今後は、明らかにした神経細胞群の種間変化が婚姻贈呈にどのように関与しているかを調べることで、新規な求愛行動をもたらす神経機構をより詳細に明らかにする。
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