ゲノムワイド情報を用いた集団遺伝学的解析の結果、カワセミソウが近縁種のサギゴケとは異なる独自の遺伝的特性を持つこと、2種が同所的に生育する場所であっても種間に遺伝子流動が存在しないこと、カワセミソウが生まれたのは過去300年以内と極めて最近であることが示唆された。 この結果を受けて、最終年度はカワセミソウの繁殖生態、特に訪花昆虫や結実率の調査、人工授粉実験を行うことで、極めて最近に種分化した姉妹種の間でなぜ交雑が起きないのか?ということを生態学的側面から検証した。 訪花昆虫観察の結果、近縁種のサギゴケではビロードツリアブやハナバチ類、特にマルハナバチ・コハナバチ・ハキリバチの仲間が高い頻度で訪花することが明らかとなった。その一方で、カワセミソウでの訪花頻度は極めて低く、サギゴケの1/20にも満たなかった。また、カワセミソウだけに訪花する昆虫もみられず、ほとんどの訪花者は採餌行動を示さなかった。結実期の調査からは、結実しているカワセミソウの個体は認められなかったものの、直前に草刈りが入ったこともあり、正確な繁殖状況は明らかにすることができなかった。人工交配実験からは、カワセミソウにはサギゴケと同様に自家不和合性が備わっていることが強く示唆された。以上の結果から、カワセミソウの花形態に適合する送粉者が存在しないことが、種間での交雑を抑制しているのではないかと推察された。 研究開始当初、カワセミソウとサギゴケの間に遺伝的な違いは存在しないと予想していたが、一連のDNA分析の結果はそれらの予想を大きく裏切るものであった。その一方で、独自の花をもつカワセミソウに特定のパートナーが存在する可能性は低く、本研究の結果からは、カワセミソウの花形態の進化が適応的なもの、と結論づけることはできなかった。
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