研究課題
今年度より主催者が大阪府立環境農林水産総合研究所生物多様性センターに異動した。このことに伴って研究環境が大きく変化したため、今年度は主に研究体制の整備に充てた。その結果、実験補助の体制も含めて試料の洗浄・凍結乾燥・粉砕までの試料前処理を迅速におこなう体制を整えることができた。研究の進捗面では主に、シカ体組織の炭素窒素安定同位体分析結果を把握する上での基盤となる、農作物 (イネ) とシカ嗜好性であり、調査地である大阪府域に広く分布する野生植物 (ササ) の分析をおこなった。2020年度、シカの分布する地域内において、水田付近に生育するササとセットでイネのひこばえを採取し、炭素窒素安定同位体分析結果を対比較した。その結果、イネの窒素安定同位体比は平均して3‰程度ササよりも高かった。また、過去に分析した、摂食物の同位体比が一定程度反映されていると考えられるシカの糞の窒素安定同位体比は採集地点周囲の耕作地面積と正の相関を示した。この相関は採集年度に関わらず一貫しており、耕作地周辺に生息するシカが安定的に一定程度耕作地で採餌していることが示された。いっぽう、シカ糞の窒素安定同位体比の変動幅(最小~最大)はおおよそ-2~3‰であり、地形的要因などの窒素収支に関わる地域的因子も窒素安定同位体比に影響を与えていると考えられた。これらのことからは、水田に代表される耕作地での摂食がシカの窒素安定同位体比に反映されていること、窒素安定同位体地図の作成によって、シカによる採餌圏の推定が可能であることを示唆している。また、本課題を通じてこれまでに確立してきた分析手法・試料前処理法を利用することによって得られた分析成果を学会発表や投稿論文としてまとめたものが発表された。その他に、研究成果として挙げたものの一部は本研究課題に関わる調査地において副次的に得られた試料を分析して得られた成果である。
4: 遅れている
研究実績に記したように、本年度は研究計画時点では予定していなかった研究環境の大きな変化があった。また今年度より、ヌートリアやクビアカツヤカミキリなどの外来生物に関わる研究・森林環境譲与税の活用による生態系サービスの涵養に関わる業務・生物多様性戦略に関わる検討・ダムの稼働前後の河川水質の変化・国際共同研究加速基金への分担研究者としての参画などの新規課題・業務が加わったため、同位体分析に充てることの出来る時間が大幅に減少した。さらに、COVID-19の流行に伴う移動制限により、これまでに収集した試料と一部の実験機材を異動先に移管する時期に遅れが生じた。これらのことから、本課題は当初予定よりも進捗していない。
現状に於いては本課題に充てることの出来るエフォートは限定されているため、既往の分析結果を解析して測定試料の厳選を図る。また、既に得られている研究成果については鋭意発表に取り組む。新規試料の収集と分析については、今年度は分析補助者を一名雇用することによって進捗のペースアップを図る。現在、分析試料の異動は完了し、試料の前処理の多くの部分を所属研究機関で進める体制は出来ているため、今後は近過去ならびに2019年度に採取したシカの歯試料を洗浄・脱灰し、既往知見として、シカの餌資源の安定同位体比の情報が充実している炭素窒素安定同位体の分析を進める。これにより、主に窒素安定同位体比に着目して、年代ならびに地域によるシカの耕作地利用の変化を推定する。
令和2年度は、異動先での試料粉砕装置の部品を購入し、試料の前処理を所属研究機関内で完結するために研究費を使用した。本来予定していた安定同位体分析を実施せず、試薬を用いる試料前処理も実施しなかった。また、当初予定では分析補助員の雇用を検討していたものの人員の目処が立たず、かつ、分析計画が遅延したために補助を要する作業が無くなった。以上のことから、予定していた執行額よりも実際の執行額が大幅に少なくなったものである。今年度は歯試料の前処理を実施する計画であり、分析補助員雇用のための調整がついたことから、次年度使用額の利用については目処がたっている。
すべて 2021 2020
すべて 雑誌論文 (3件) (うち国際共著 1件、 オープンアクセス 1件、 査読あり 2件) 学会発表 (3件) (うち国際学会 1件)
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