研究課題/領域番号 |
19K16254
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
阿部 崇志 東京大学, 定量生命科学研究所, 助教 (70756824)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | ショウジョウバエ / キノコ体 / 嗅覚記憶学習 / 内的状態 / ドーパミン神経 |
研究実績の概要 |
ショウジョウバエのキノコ体(MB)は、忌避/報酬性の刺激と嗅覚刺激の連合学習による記憶形成の場である。MBのケニオン細胞(KCs)には機能が異なるサブタイプが存在し、各タイプの軸索束は接続先別に複数の出力領域に区画化され機能していると考えられている。 本研究に先立ち、若手(B)「嗅覚記憶中枢キノコ体の複数出力域の網羅的同時観測による匂い地図作成と可塑性の解明(17K17681)」とする課題を遂行してきた。学習前の個体のMBにおいて、2光子顕微鏡を用いたカルシウムイメージングにより、サブタイプを分離し、かつ、区画化された軸索束の複数の出力域を区別した状態で観察することで、可塑性解析の前提となる基本的な匂い応答の様式を記述し、神経科学的回路図を得ることを目標とした。その際、現在本研究分野のスタンダードとなっている米Janeliaが公開したsplit-Gal4系統群を用いていたが、γMB KCsの特異的な標識系統において、匂い刺激によってカルシウムレベルが上昇する神経群と低下する神経群が存在することを明らかにした。その後、それぞれが解剖学的にはγ-main KCs、γ-d KCsに相当することを見出した。さらにこれらは、所属研究室において行動遺伝学的に相反する機能を持つサブタイプとして同定した、γCRE-p KCsとγCRE-n KCsに対応することが明らかとなった。 現在、本研究室が単離、同定したγCRE-p KCsのGal4系統と同等の発現特異性を持つ系統は未報告であることに加え、機能的にもγCRE-pとγCRE-nは相反することから、両者を分離した状態での神経活動の観察が重要であると考えた。これらのサブタイプをラベルする系統とGCaMP系統等を掛合わせ多重組換え系統を作成し、学習前の種々の匂い応答の様子をイメージングにより解析している。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
従来、生得的に誘引性あるいは忌避性の匂い刺激の情報は、学習とは独立に、PNからLateral Hornの神経群によって処理され、行動が出力されると考えられてきた。一方で、本研究室で行われた行動遺伝学的解析から、MBのポストシナプス側であるMBON神経のみならず、プレシナプス側であるγKCsにおいてもすでに、Valenceがコードされていることが明らかになった。また近年の電子顕微鏡を用いたシナプスレベルの解析により、MBとその周辺領域における多様な入出力の経路の存在が明らかになりつつある。 これらを考慮し、γKCsでの匂いのコーディング様式が、匂いの種類によらない普遍的な機構によるものであるのかどうかを検証するため、記憶学習の系で汎用されるMCH,Oct以外の匂い応答の様式も記述しておくことを計画し、提示する匂い物質の種類を追加した。生得的に忌避性の匂いとして新たに、CO2, Citronella, 誘引性の匂いとしてリンゴ酢、酵母、その他の比較としてHexanolやPentanoneを選定し、匂い刺激実験を行った。特定の匂い物質に関し、匂い呈示終了後もチューブ内に匂い物質が残存していることが示唆されたため、ほぼ全ての経路をテフロン素材へ変更後、改善を確認したため、実験を再開始した。 現在までに、γCRE-p神経において、同じ種類の匂い刺激であっても、出力領域のコンパートメントによって相対的な応答強度が異なることを確認しており、先行研究の結果を部分的に再現できていると考えている。本研究ではγKCsをより細分化していることに加え、区画識別のリファレンスとなる蛍光タンパク質を軸索束の一部領域で限局させて発現させることにより半自動的にROIを抽出し、解析を行なっている。このため、従来研究では検出できなかったより微細な変化が検出できる可能性がある。
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今後の研究の推進方策 |
現在までに、空腹などのハエ個体の内的状態が学習前の匂い応答に影響を与えることを示唆する結果が得られている。罰記憶の条件付け学習前は平常の摂餌環境下の個体を用いるが、報酬記憶の学習のパラダイムでは条件付け前に空腹下においている。このため、これら2つの学習パラダイムに対応するため、平常/空腹状態の2つの生理的条件下で種々の匂い物質による刺激を行ってデータの取得を行い、匂い応答地図の構築を目指している。2次神経のPN神経とKCsの接続パターンは個体により異なるため、別種匂いへの応答様式も単一神経線維のレベルでは異なることが予想される。個体内、個体間で生得的に価値の異なる匂いに対し、学習前にどのように応答するか、また匂い間の相対的関係性を解析することは、異なるvalenceをもつγKCs群において学習前後に検出されうる可塑的変化を検証する上で有用であると考える。 また単一神経レベルの微小で局所的な可塑的変化の検出に対応できるよう、廣井助教の協力を得て、pixel by pixelレベルの解像度の大規模変量としてデータを扱い、軸束上に種々のパラメータを数値化して示した2次元マップを構築する。それらを、コンパートメント別に区画化し平均化したROIの値と比較し、匂い情報の分離度や遷移様式を明らかにする。人的視点では発見が困難で抽出が難しい特徴が存在する可能性も考慮し、PCAやtSNEなどの次元削減の手法を取り入れた解析を計画している。
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次年度使用額が生じた理由 |
当初予定よりも、解析用ストレージの購入費が少額であったため。 また学会参加費、旅費が不要であった。 次年度は本研究をまとめ成果を発表する計画のため、論文投稿、学会参加に伴う参加費、旅費への割り当てを予定している。また、2光子顕微鏡のレーザーユニットの定期的なメンテナンスへの割当も予定している。
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