本研究では、シナプスにおける分子・細胞レベルのミクロな変化が、マクロな脳機能の変化(記憶)へとつながる過程を明らかにするために、同定された中枢単一ニューロンと行動の同時リアルタイム観察を行う。そのために、ショウジョウバエを用いて、機械的な刺激(条件刺激:CS)がショ糖刺激(無条件刺激:US)によって起こる摂食行動に連合される独自の連合学習実験系を確立した。学習後にはCSのみで摂食行動が起こるようになる。このとき、本来はショ糖刺激によって活動し摂食行動を引き起こすコマンドニューロンであるfeeding neuron (FN)が、CSに対する反応性を獲得することがわかった。そこで、CSの入力に対して特異的にFNの反応性が強化されているのか、あるいはUSの繰り返しによりFNが感作し、あらゆる刺激への反応性が非特異的に強化されているのかを調べるために2種類の実験を行った。1つ目の実験として、1mM、10mM、100mMのショ糖溶液に対する摂食応答を学習の前後でそれぞれ比較したところ、統計学的に有意な差は検出されず、USに対する反応性の変化は観察されなかった。2つ目の実験として、CSは与えずにUSのみを繰り返したところ、記憶形成は観察されなかった。以上から、CSに対する反応性の獲得は感作のみでは説明できない。前年度の実験で光遺伝学的手法により学習中にFNの活動を抑制すると記憶形成が阻害されたことと合わせて考えると、FNに統合されるCSによるシナプス入力が強化された結果、CSのみでFNが活動し摂食行動が起こるようになるという連合学習機構が示唆される。また、GRASP法を用いてCSの情報をFNへと運ぶニューロンの候補を同定することにも成功した。同定された中枢シナプスをモデルに、連合学習を担うシナプス可塑性の分子基盤を明確な因果関係のもとに追及するために必要不可欠な成果が得られた。
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