研究課題/領域番号 |
19K16280
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研究機関 | 生理学研究所 |
研究代表者 |
石原 義久 生理学研究所, 脳機能計測・支援センター, 特任助教 (30802532)
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研究期間 (年度) |
2021-03-01 – 2025-03-31
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キーワード | 海馬台 / 海馬 / 記憶 / 免疫組織化学 / 神経結合 / 電気生理学 |
研究実績の概要 |
研究代表者は、これまで海馬台(subiculum)の神経解剖学的解析を行なってきた。海馬台は学習や記憶形成に関わると共に、認知症やてんかんの発生源でもある海馬体の情報の出力部に当たる重要な脳部位であるが、その形態の曖昧さ・複雑さから他の海馬体領域(アンモン角・歯状回)に比べて研究が遅れてきた。そこで、免疫組織化学的手法を用いて海馬台の細胞構築を分析した結果、海馬台が複数のサブ領域と層構造に区分できることが明らかになった。とりわけ、海馬台遠位部(Sub1)と海馬台近位部(Sub2)の間の形態学的相違が顕著であることを見出し、Sub1とSub2の割合の変化等をマウスおよびラットの海馬台の背側-腹側軸方向において確認してきた。 2021年度は12月までベルリン・シャリテ医科大学(Imre Vida研究室)にて研究留学を行ない、Sub1とSub2の錐体細胞の電気生理学的性質の解明、および、海馬体におけるVIPインターニューロンの分布と機能の解明に取り組んだ。その結果、電気生理学的にも海馬台ニューロンの多様性が確かめられただけでなく、形態学的にも興味深い事実が明らかになった。例えば、biocytinを注入して海馬台の錐体細胞の形態を観察したところ、Sub1とSub2の錐体細胞の樹状突起は境界を越えることなく、それぞれ遠位方向と近位方向に向かって伸びていた。これは各錐体細胞がそれぞれ異なる神経情報を受け取っていることを示唆している。また、VIPインターニューロンは、Sub1では非常に少ないのに対し、Sub2の特に分子層に集中して分布することが確認できた。 2022年2月からは、自然科学研究機構・生理学研究所(電子顕微鏡室・窪田グループ)に移籍し、電子顕微鏡や2光子顕微鏡等の新しい手技の研鑽を開始した。同時に、Imre Vida研究室とは国際共同研究を継続し、論文作成を進めている。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
記憶の形成と忘却の神経基盤として知られる海馬体は、歯状回・海馬・海馬台(subiculum)から成り、齧歯類の場合、背側が空間記憶、腹側が情動記憶の形成に関与する。空間記憶に関しては、空間細胞等の発見により飛躍的に解明が進みつつあるが、情動記憶の形成過程は未だに解決すべき多くの謎を残している。 申請者は既に、免疫組織化学的手法により、腹側海馬台の遠位部(Sub1)と近位部(Sub2)が全く異なるタンパク質の局在を示し、PCP4陽性・NOS陽性の錐体細胞とVGluT2陽性・ZnT3陽性の軸索終末がSub2に集中して観察されることをマウス(Ishihara and Fukuda, Neuroscience, 2016)およびラット(Ishihara et al., Neurosci Res, 2020)において明らかにしてきたが、それに加え、Sub1の錐体細胞の大部分がFN1陽性であること、腹側Sub2にはインターニューロンであるPVニューロンの軸索が集中してSub1と明瞭な境界を形成していることを確かめた。また、神経回路解析により、Sub1の錐体細胞が空間記憶に関係が深いretrosplenial cortexに投射し、Sub2の錐体細胞が情動記憶に関係が深い側坐核と中核核へ投射することも確認できた。 2020年から研究留学したベルリン・シャリテ医科大学(Imre Vida研究室)では、これらの成果を土台に電気生理学的実験を行ない、前述のように、Sub1とSub2が異なる機能を持つという仮説を裏づけるような証拠を複数得ることができた。なお、VIPインターニューロンの研究は、台湾・台北・国立陽明交通大学の Cheng-Chang Lien研究室との共同研究でもある。
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今後の研究の推進方策 |
今後の課題として第一に取り組みたいのは、シャリテ医科大学を含む複数の研究機関で獲得できた膨大な実験データを解析し、国内外での学会発表および学術論文の出版につなげていくことである。そのためには、いくつかの追加実験が必要になると考えられるため、適宜実施していきたい。また、熊本大学およびシャリテ医科大学とは共同研究を継続し、海馬台の形態学的・電気生理学的研究をさらに発展させていきたいと考えている。 それに加え、生理学研究所(窪田研究室)では、最新の電子顕微鏡や2光子顕微鏡を用いた観察と電気生理学的実験および神経回路解析を組み合わせてシナプスレベルでの解析を行うことが可能になる。そうした恵まれた研究環境を活かして、将来的には海馬台のさらなる形態・機能解析を、とりわけ、大脳新皮質との関係性に着目しつつ実施していきたい。
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次年度使用額が生じた理由 |
新たに研究開始する生理学研究所(電子顕微鏡室・窪田グループ)において使用するPCを購入したが端数の金額(202円)が余ったので、翌年度分の助成金と合わせて、研究継続のための物品購入や旅費などに充当する予定である。
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