研究実績の概要 |
メチル水銀(MeHg)曝露による中枢神経系への細胞傷害は部位、細胞種および発達段階で異なる。MeHg曝露による細胞傷害はMeHgの親電子性による生体高分子の修飾および酸化ストレスに起因すると目される。近年、高い求核性・抗酸化性を有する活性イオウ分子(Reactive sulfur species, RSS)を介したレドックスバランスの維持による全く新しい恒常性維持機構を我々は明らかとしてきた。そこで本研究ではMeHg毒性防御に寄与するRSSの中枢神経系における存在量を時空間的に解析し、その差異がMeHgによる細胞傷害に特異性をもたらす一因子であるかを検討した。 ラット胎児期脳への低濃度MeHg曝露において、CysSSHやH2SといったRSSの減少が確認された。本曝露条件は細胞死を引き起こさない低用量であり、これらのRSSが高い反応性をもってMeHgを捕獲・不活性化することで細胞のレドックスバランスの維持に寄与することが示唆された。これらのRSSは胎生期から出生後まで脳内量が増加したことから、MeHgへの抵抗性獲得に寄与することが示唆された。成人型水俣病では小脳顆粒細胞層など特定部位に傷害を示す。成体ラット脳急速切片を用いた小脳層構造ごとの解析の結果、MeHg曝露下において顆粒細胞層におけるRSS量は分子層に比して僅少であることが確認され、当該分子の存在量がMeHg感受性の差異を生み出す一因子であることが示唆された。ラット胎児・新生児の脳を用い、種々の神経細胞の単離培養を行った。培養下の神経細胞をMeHgに曝露したところ、小脳顆粒細胞に比して海馬神経細胞はより抵抗性を示した。また、小脳顆粒細胞へのRSSモデル化合物の投与はMeHg曝露による神経細胞死を抑制した。神経細胞種ごとのMeHg感受性の差異がRSS含量の多寡によるかを明らかとするために、より詳細な解析が必要である。
|