研究課題/領域番号 |
19K16370
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研究機関 | 名古屋大学 |
研究代表者 |
山橋 幸恵 名古屋大学, 医学系研究科, 研究員 (00793481)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2021-03-31
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キーワード | PAKキナーゼ / アセチルコリン / 忌避学習 / リン酸化プロテオミクス |
研究実績の概要 |
脳内のアセチルコリンは忌避学習・嫌悪記憶や認知機能に重要な役割を果しており、アルツハイマー型認知症の発症に密接に関与することから、治療薬の標的となっている。しかし、神経細胞内におけるアセチルコリンの作用機序は今もよく理解されていない。研究代表者は現在までに、アセチルコリンがPKCキナーゼを介してPAKキナーゼを活性化することを見出している。本研究では、PAK基質の包括的探索を行うことで、アセチルコリンの作用機序を解明すると共に、忌避学習・嫌悪記憶や認知機能におけるアセチルコリン-PAKシグナルの役割を解明することを目的とする。本年度は、1)アセチルコリン下流におけるPAK基質の包括的探索、2)アセチルコリン-PAKシグナル伝達解析、3)マウスの情動学習や認知機能の解析に取り組み、以下の研究結果を得た。 1)アセチルコリン下流におけるPAK基質の包括的探索:リン酸化プロテオミクス法により、159種類のPAK基質候補を同定した。更に、得られたPAK基質候補をパスウェイ解析することにより、アセチルコリン-PAKシグナルがRhoファミリー関連シグナル、シナプス長期増強(LTP)関連シグナル、Ras-MAPK関連シグナルなどのシナプス可塑性を代表するシグナル伝達経路と関連していることを明らかにした。 2)アセチルコリン-PAKシグナル伝達解析:コリンエステラーゼ阻害剤及び嫌悪刺激(電気ショック)により、PAKがムスカリン受容体M1Rを介して忌避学習・嫌悪記憶に重要な側坐核内のドーパミン受容体D2-中型有棘神経細胞(D2R-MSN)において活性化することを組織免疫染色で明らかにした。 3)マウスの情動学習や認知機能の解析:コリンエステラーゼ阻害剤を用いた受動回避試験により、側坐核D2R-MSN内のPAKが活性化し、忌避学習・嫌悪記憶が亢進することを明らかにした。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
当初の計画通り、アセチルコリンの作用機序の解明に向けてリン酸化プロテオミクスを駆使し、アセチルコリン下流のPAK基質の包括的探索を行った。得られたPAK基質候補をパスウェイ解析することで、アセチルコリン-PAKシグナルがRhoファミリー関連シグナル、シナプス長期増強(LTP)関連シグナル、Ras-MAPK関連シグナルなどのシナプス可塑性を代表するシグナル伝達経路と関連していることを明らかにした。 また、忌避学習・嫌悪記憶や認知機能におけるアセチルコリン-PAKシグナルの役割に関しては、コリンエステラーゼ阻害剤を用いた受動回避試験を行うことにより、アセチルコリンが側坐核D2R-MSN内のPAKを活性化し、忌避学習・嫌悪記憶を亢進することを明らかにした。 以上、神経細胞内におけるアセチルコリンの作用機序及び忌避学習・嫌悪記憶や認知機能におけるアセチルコリン-PAKシグナルの役割を計画通り明らかにしつつある。
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今後の研究の推進方策 |
アセチルコリン-PAKシグナルがRhoファミリー関連分子のリン酸化を亢進するという予備的な知見を既に得ている。次年度はRhoファミリー関連分子とアセチルコリン-PAKシグナルとの関連性を検証すべく、以下の実験を行う予定である。 1)PAK基質のリン酸化部位の同定:本年度行ったリン酸化プロテオミクスで得られたリン酸化部位の情報を基に、PAK基質候補の非リン酸化型変異体を作成する。in vitro キナーゼアッセイ等により、リン酸化部位を決定する。 2)PAK基質のリン酸化解析:決定したリン酸化部位を認識する抗リン酸化抗体を作成し、アセチルコリン作動薬やM1R特異的作動薬で処理した線条体・側坐核スライスにおけるPAK基質のリン酸化を解析する。また、コリンエステラーゼ阻害剤をマウスに腹腔内投与し、線条体・側坐核におけるPAK基質のリン酸化を個体レベルで解析する。 3)個体内における樹状突起スパインの形態解析:アセチルコリン-PAKシグナルによるシナプス可塑性の解析のため、PAK変異体やPAK基質の非リン酸化型変異体をCre依存的に発現するFlex-AAVを精製し、D2R-MSN特異的にCreを発現するA2A-Creマウスの側坐核に導入する。3週間後、コリンエステラーゼ阻害剤を腹腔内投与してPAK変異体やPAK基質のリン酸化耐性型変異体の発現によるスパインの形態変化を観察する。 4)マウスの情動学習や認知機能の解析:受動回避試験を行い、アセチルコリン下流でリン酸化されるPAK基質が忌避学習・嫌悪記憶や認知機能に関与するかを検討する。A2A-Creマウスの側坐核にPAK基質のリン酸化耐性型変異体を発現するFlex-AAVを注入して、コリンエステラーゼ阻害剤による忌避学習・嫌悪記憶の亢進がD2R-MSN内のPAK基質のリン酸化耐性型変異体により抑制されるのかを検討する。
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次年度使用額が生じた理由 |
次年度に計画していた実験の一部を本年度に行っており、本年度行う予定だった実験の一部及びPAK基質のリン酸化抗体の作成を次年度へ延期したために、「物品費」及び「その他」の差額が生じた。次年度は研究計画に示してある解析を行うと共に延期した実験及び抗体作成も行っていく。 本年度同定したPAK基質のリン酸化抗体を次年度において受託解析により作成する。この費用を「その他」として計上する。また、アセチルコリンの作用機序及び忌避学習・嫌悪記憶や認知機能におけるアセチルコリン-PAKシグナルの役割の解明を引き続き行うため、分子生物学的実験や行動学実験を行う。これらの実験に使用する分子生物学用試薬、細胞観察用試薬・器具、マウス等を「物品費」として計上する。
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