研究課題
本研究では、プロスタグランジンE2(PGE2)が引き起こす大腸がんについて、EP4プロスタノイド受容体がその初期の発生を促進し、EP3受容体が後期の悪性化を促進するという仮説の検証を目的とする。令和元年度は、ヒト結腸がんモデル細胞であるHCA-7細胞を用い、EP4受容体下流のがん発生因子、およびEP3受容体下流のがん悪性化因子の同定を試みた。EP4受容体が優位となる初期大腸がんモデル(低密度条件下で培養)をPGE2で刺激し、時系列を追ったトランスクリプトーム解析を行うことで、EP4受容体応答因子を115遺伝子同定した。同様に、EP3受容体が優位になる後期大腸がんモデル(高密度条件下で培養)をPGE2で刺激して解析し、EP3受容体応答因子を54遺伝子同定した。これら2つの遺伝子群を比較したところ、一致した遺伝子は17遺伝子しか認められず、同じヒト大腸がんHCA-7細胞においても、その初期と後期でPGE2に対する遺伝子応答が大きく異なることが示唆された。次に、実際のヒト大腸がん組織における遺伝子の発現変化を調べるため、がんゲノム・ビッグデータより、大腸結腸がん50例および正常大腸組織41例の遺伝子発現情報を取得し解析した。さらに、遺伝子発現データベースを横断的に検索し、結腸がん74例と正常大腸がん231例の遺伝子発現情報を取得し解析した。これらの解析結果を利用することで、実際の大腸がん組織でも発現亢進が認められるEP4受容体下流因子として、補体抑制因子を見出した。そこで、HCA-7細胞における補体抑制因子の発現量を解析したところ、EP4受容体刺激2 hr後においてmRNA発現量の有意な増加が認められ、また刺激4 hr後においてタンパク質発現量の増加傾向が認められた。以上の様に、補体による殺がん作用を抑制する補体抑制因子は、EP4受容体下流のがん発生因子である可能性が明らかとなった。
2: おおむね順調に進展している
令和元年度の研究において、ヒト大腸がんモデル細胞であるHCA-7細胞を用い、EP4受容体下流因子およびEP3受容体下流因子を網羅的に明らかにした。さらに、がんゲノム・ビッグデータや遺伝子発現データベースなど、実際のヒト大腸がん組織の遺伝子発現情報を利用することで、EP4受容体下流のがん発生因子の候補として補体抑制因子を見出した。大腸がんにおいてEP受容体と補体抑制因子を結びつけた報告はこれまでに2報のみと少ないことから新規性が高く、in silico解析とin vitro実験を連携させた本研究ならではの成果と言える。さらに本年度は、がんゲノム・ビッグデータおよび遺伝子発現データベースの一次情報の解析法を確立することが出来た。これによって、がん組織と正常大腸組織の遺伝子発現量の比較だけでなく、大腸がん患者の性別や病態ステージごとの遺伝子発現量の比較、生存率の解析、遺伝子発現量の相関解析、遺伝子共発現ネットワーク解析、遺伝子発現量を利用したクラスター解析、体細胞突然変異解析などを行う環境が構築された。これらのリアルワールドデータの解析を利用することで、モデル細胞を用いて同定したEP4受容体下流のがん発生因子、あるいはEP3受容体下流のがん悪性化因子について、実際の大腸がん患者における意義を直接解析することが可能となった。以上のように、in vitro実験と連携可能なin silico解析の基盤を確立できたことも、本年度の大きな成果であると考えている。
これまでに、EP4受容体下流のがん発生因子の候補として補体抑制因子を見出している。令和2年度以降は、引き続きヒト大腸がんモデル細胞であるHCA-7細胞を用い、EP4受容体下流のシグナルがどの様なメカニズムで補体抑制因子の発現を誘導させるのかについて、EP4受容体の阻害剤や各種シグナル阻害剤などを用いて明らかにしていく。また、これまでに見出している他のEP4受容体下流のがん発生候補因子についても、実際の大腸がん組織の遺伝子発現情報を対象としたin silico解析を併用しながら評価していく。大腸がん悪性化因子の解析として、EP3受容体下流因子の解析も併せて行う。これまでに同定したそれぞれのEP3受容体応答因子について、後期大腸がん組織(ステージⅢ~Ⅳ、遠隔転移あり、など)の遺伝子発現情報を対象としたin silico解析を行い、正常組織と比較して実際の大腸がん組織で発現亢進が認められるか、どの様な性質の大腸がん組織で発現亢進が認められるかなどを評価する。後期大腸がんモデル細胞であるHCT-15細胞やDLD-1細胞を用い、PGE2刺激後のトランスクリプトーム解析を行い、その遺伝子応答を網羅的に明らかにするとともに、初期大腸がんモデル細胞であるHCA-7細胞の遺伝子応答と比較する。以上の研究により、これまでに知られていないEP3受容体下流のがん悪性化因子を同定し、その誘導メカニズムを明らかにしていく。
PGE2で刺激した各種ヒト大腸がん細胞のトランスクリプトーム解析を実施予定であったが、年度をまたぐことが予想され、また新型コロナウイルスによる納期の遅れも懸念されたため、次年度持ち越しで行うこととしたため。次年度請求分とあわせ使用する予定である。
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