研究実績の概要 |
脳脊髄液 (CSF) 中の内因性物質の濃度異常は様々な中枢神経系疾患と関連することから、そのCSF中からの排出機構の解明は重要である。令和1年度 (初年度) はブタの軟髄膜 (クモ膜+軟膜) において、プロテオミクスの手法を用いて、クモ膜トランスポーターの絶対発現量及びそれらの発現局在を推定した (Drug Metab Dispos. 48:135-145, 2020)。次の重要な課題は、ヒトのクモ膜における輸送機構の解明である。そこで、令和2年度はヒト軟髄膜における輸送機構や薬物代謝に関連するタンパク質群の発現プロファイルを明らかにすることを目的とした。69歳、70歳、74歳患者の大脳から軟髄膜を単離し、細胞膜調製を行った。可溶化・トリプシン消化後、LC-MS/MSを用いて網羅的なタンパク質定量解析を行った。結果、ヒト軟髄膜において約2千種類のタンパク質の絶対発現量が推定された。ブタの軟髄膜と比較すると、アニオン性とカチオン性の化合物を各々輸送するOATP1A2およびOCT3がヒト軟髄膜に特異的に検出された。OCT3はモノアミン神経伝達物質 (dopamine, histamine, serotonin等) を輸送するトランスポーターであることから、ヒト軟髄膜のOCT3が脳内モノアミン神経伝達物質の濃度調節に寄与する可能性がある。さらに、薬物代謝酵素では興味深いことに、CES1がヒト血液脳関門より40倍以上多く発現していた。ヒト軟髄膜に発現するCES1によって、 中枢におけるエステル型プロドラッグおよびその活性化体の濃度が制御されている可能性が示された。本研究から、ヒト軟髄膜における膜タンパク質の定量的発現プロファイルが初めて明らかになり、ヒト軟髄膜に髙発現するトランスポーター (OATP1A2, OCT3) や薬物代謝酵素 (CES1) の存在が示された。
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