研究課題/領域番号 |
19K16451
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研究機関 | 高崎健康福祉大学 |
研究代表者 |
矢野 健太郎 高崎健康福祉大学, 薬学部, 講師 (40644290)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | 濾胞性リンパ腫 / P-gp / 機能調節因子 / 悪性化 / 薬物耐性 / ドキソルビシ |
研究実績の概要 |
濾胞性リンパ腫は再発率が極めて高く、完治に至る術が未だに乏しい。その原因には継続的な抗がん薬治療の過程でがん細胞が形質転換を起こし、悪性化すなわち転移能や薬物耐性能を獲得することが挙げられる。この薬物耐性には、様々な抗がん薬を基質として細胞外へ掃き出すP-糖タンパク質(P-gp)の機能亢進が関与している。これらのことから、濾胞性リンパ腫においてP-gpの輸送機能亢進を誘導する因子が同定されれば、完治可能ながんへと転換できるものと考えられる。そこで本研究では、抗がん薬を持続曝露することで臨床を反映した濾胞性リンパ腫の悪性化モデルを構築し、濾胞性リンパ腫特異的な P-gp 機能亢進因子を同定することを目的とした。令和元年度は、リンパ腫の悪性化モデル構築を最優先課題と捉え、臨床において濾胞性リンパ腫の治療に使用されている抗がん薬であるドキソルビシンの持続暴露を行なうことで、薬物耐性株の作出を試みた。ドキソルビシンを10から50 nMまで段階的に増加しつつ、5ヶ月以上持続的に濾胞性細胞株(Sci-1およびMinami-1)に暴露したところ、未処理群と比較して1 μMのドキソルビシン暴露時の細胞生存率が有意に高かった。また、薬物耐性能がどの程度亢進したのかを評価する指標として、細胞を50%死滅させるドキソルビシン濃度を求めたところ、未処理群に対して約4倍の増加が認められ、耐性株の作出は順調に進んでいることが確認された。さらに、他のがん細胞を用いた検討により、P-gpの機能調節に関わる因子ががん種ごとに異なっていることを見出した。(J Pharm Pharmacol. 72(4):575-582. 2020.)加えて、がん転移モデルにおいては、P-gpの輸送機能亢進およびその足場タンパクの発現が増加することを見出しており、悪性化時の薬物耐性亢進メカニズムの一部が明らかになってきている。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
2019年度は、「再発リンパ腫(転移・悪性化)モデルの構築と P-gp の機能評価」を推進すべく、①再発リンパ腫(転移・悪性化)モデルの作製と各種遺伝子発現量の評価、および② P-gpの輸送機能比較に関し各種検討を行なった。まず、再発リンパ腫のモデル作製にあたり、濾胞性リンパ腫細胞株(Sci-1およびMinami-1)に対して、リンパ腫の標準治療(CHOP 療法)に使用されているドキソルビシンを持続的に曝露した。ドキソルビシンは薬物暴露開始から5ヶ月の間に、10 nMから50 nMまで段階的に濃度を増加させた。暴露3ヶ月目までは目立った変化は認められなかったものの、以降も持続暴露した細胞では死滅する割合が減少し、5ヶ月後には薬物耐性の明らかな亢進が認められた。耐性能の亢進を定量的に比較するため、細胞数を50%に減少させるドキソルビシン濃度を探索したところ、未処理の細胞では0.7 μMであったのに対し、ドキソルビシン中で培養し続けた細胞では2.6 μMであり、約4倍の有意な増加が確認された。また、耐性亢進が認められた細胞の各種遺伝子発現量を確認したところ、Sci-1およびMinami-1いずれの細胞においても転移誘発因子であるSmucおよび転移時に発現亢進が認められるCD44が増加していた。CD44はP-gpの輸送機能調節にも関係していることが報告されていることから、これらの細胞においてもCD44の発現亢進に伴ってP-gpの輸送機能が亢進していることが考えられた。一方、P-gpの輸送機能変動を確認するため、未処理の細胞を用いて評価方法の検討を行なったところ、P-gp基質薬物の細胞内蓄積量がP-gp阻害薬を加えたときに有意に増加し、P-gpの輸送機能阻害が確認された。したがって、濾胞性リンパ腫細胞におけるP-gpの輸送機能評価方法が確立したものと考えられた。
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今後の研究の推進方策 |
昨年度からの継続項目として、これまでに作出した耐性亢進が認められた細胞株を用いて、P-gpの輸送機能比較を行なう。方法としては、P-gpの基質薬物の排出速度を測定することでP-gpの輸送機能を評価し、耐性株と未耐性株とを比較することで、再発モデルにおいて P-gp の輸送機能が亢進することを確認する。また、これと並行して、悪性化株において転移誘導因子であるSmucの発現亢進が認められたことから、EMTマーカーの遺伝子発現変動についても確認する。次に、本年度の当初の計画どおり、P-gp の機能亢進メカニズムの検討を推進する。具体的には、耐性株の遺伝子を用いて特にERMの発現量を解析し、③ 発現増加している ERM タンパクの同定を行う。次に、siRNAを処理することでERMの遺伝子発現を抑制し、P-gpの輸送機能が低下するかを評価する。なおこのとき、発現増加したERM分子にのみ着目した場合、そのERM分子が必ずしも輸送機能調節の主要因子であるとは限らないため、分子を限定せずに網羅的に検討する。これにより、④ P-gp の機能亢進に関わるERMタンパクを同定する。遺伝子発現の抑制等、ここまでの実験条件の確立には時間を要するものと考えられるが、ここまでが順調に進んだ場合には、輸送機能に最も影響のある因子を抑制したとき、悪性化したリンパ腫細胞の薬物耐性亢進も抑制可能であるかを、ドキソルビシンを用いた細胞毒性試験により評価する。また、これらの検討によって絞り込まれたERMタンパクに着目し、細胞全体および膜画分を用いて Western blotting を行うことにより、⑤ P-gpおよびERMタンパクの細胞内局在の評価を行なう。これにより、特定の足場タンパクの発現増加に起因した P-gp の輸送機能の亢進が、P-gp の膜上発現量の増加によるものであるかを明らかにする。
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