胃壁細胞の代表的な機能は胃内腔への胃酸の分泌であり、影響因子を始めとした詳細な作用機序が解明され、広く知られている。一方、胃は消化器官としての機能に加え、内分泌器官として機能することも古くから知られている。特に、胃壁細胞がエストロゲン合成酵素である「アロマターゼ」を有し、女性ホルモンとして知られるエストロゲンを多量に合成、門脈へと分泌していることがラットを用いた検討によって明らかとなっている。 胃のエストロゲン産生能は卵巣と同程度の遺伝子発現量や酵素活性を示し、性差はなく、性周期にも左右されず恒常的に機能している。近年、血中の脂質代謝への関与が報告されたが、直接的な制御因子の解明など基礎的研究は不十分であった。 加齢に伴い胃粘膜内粘液や粘膜血流量が低下し、慢性持続的な炎症によって生じる萎縮性胃炎などの病理的要因によって胃酸分泌が減衰することはよく知られた現象だが、エストロゲン産生については調べられていなかった。老齢ラットを用いた検討の結果、びらんや炎症、腸上皮化生などの病理変化は認められず、アロマターゼは24ヶ月齢でも胃粘膜上皮中に発現していたものの、産生されるエストロゲン量は3ヶ月齢と比較して減少したことが明らかとなった。また、加齢に伴って胃粘膜上皮中の壁細胞が減少し、粘膜筋板側における膠原線維の増生が確認された。 さらに、ヒト胃癌由来細胞株MKN45を用いて、ヒスタミン、アセチルコリン、ガストリン、プロスタグランジンE2、ヒドロコルチゾン、黄体ホルモン放出ホルモン、カルシウム、cAMP、EGFの培地添加がアロマターゼタンパク質発現量に及ぼす影響について検討した。その結果、いずれの因子も有意な影響を及ぼさなかった。 以上の結果から、胃壁細胞のエストロゲン産生は加齢に伴う形態学的変化に起因して減衰し、制御機構は胃酸分泌とは異なるものである可能性が示唆された。
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