研究課題/領域番号 |
19K16504
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研究機関 | 慶應義塾大学 |
研究代表者 |
石川 智愛 慶應義塾大学, 医学部(信濃町), 助教 (20804587)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2021-03-31
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キーワード | 記憶の再生 / 脳波 / 硬膜リンパ管 / 血管周辺スペース |
研究実績の概要 |
記憶の固定に関わる回路基盤として、sharp wave ripple(SW)時に記憶に関わる細胞が再活性化する「記憶の再生」が着目されている。そこで、SW時に海馬ニューロンが受けるシナプス入力を大規模に可視化したところ、特定のスパインが繰り返し同じ順番で入力を受けるシークエンス入力の存在を発見した。シークエンス入力はSWの発生時にSWに参加する細胞が受け取っていた。また、このシナプス入力は一部の樹状突起の近接したスパインで受容されていた。これらの結果は、「SW発生時に樹状突起上の近傍のスパインでシークエンス入力を受け取ることで、海馬の一部のニューロンの発火を誘導する」という、記憶再生のメカニズムを示唆するものである。 次に、脳リンパシステムの阻害を試みた。現在脳リンパ流の担い手として、硬膜リンパ管と血管周辺に存在する空間が候補に挙げられている。リンパ管結紮の手法を構築するため、大槽にエバンスブルーを注入し、頸部リンパ管を可視化した。エバンスブルーによりリンパ管の位置を確認し、結紮後の脳波を経時的に記録した。その結果、結紮後の脳波は左右半球の同期率が低下することを見出した。その一方で、大槽への注入と頸部リンパ節結紮によるマウスの死亡率が高く、負担の軽減を検討する必要がある。また、血管周辺に存在する空間を生体マウスから観察する手法を構築した。さらに、脳浮腫誘導時に血管周辺スペースが閉塞し、このとき脳波パワーの減弱が認められることも発見した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
記憶再生の基盤となりうるシナプス入力の時空間パターンを発見したほか、リンパ管結紮による脳波の経時変化を捉えることに成功した。また、脳リンパシステムの担い手として着目される血管周辺スペースを生体マウスから捉える技術を確立した。確立した手法により脳リンパシステムの阻害が神経回路の情報演算および高次機能に及ぼす影響を検証する基盤を整えることができた。 記憶再生と密接に関わるとされるSW発生時のシークエンス入力の存在は、記憶メカニズムの一端を示唆するだけでなく、シナプス入力の新たな演算様式を示唆した点でも重要な知見といえる。また、脳リンパ管の結紮や血管周辺スペースの生体からの可視化など先駆的な実験を複数行い、そのどちらも成功している。これらの手法は本研究だけでなく、様々な研究に応用可能であると期待される。 その一方で、リンパ管の結紮によるマウスの死亡率や、持続的な脳波記録における技術的な課題など問題点も複数生じている。今後は問題点の修正法を検討しながら、必要に応じて実験手法の切り替え等を検討する。
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今後の研究の推進方策 |
上述の通り、一定の成果は得られてはいるものの、リンパ管結紮に関する一連の処置によるマウスの死亡率が高いこと、また脳波の経時記録時に技術的な問題が存在し、適切なデータを得られない等の問題が生じている。リンパ管の結紮による実験での問題は多いのに対し、血管周辺スペースの可視化においては順調に進んでいる。現在はリンパ管結紮法の改善に取り組んでいるが、死亡率が変わらない場合、血管周辺スペースの閉塞と神経回路の情報演算および記憶をはじめとした高次機能との関係性の解明に重点を置く。 特に、血管周辺スペースを介した老廃物の流れは記憶学習機能やアルツハイマーとの関連性が示唆されている。しかし、血管周辺スペースを直接可視化した知見はほとんどなく、脳波、脳血流、心拍・血圧との同時記録をすることで各パラメータの関係性に迫ることが可能であると期待される。
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