研究課題/領域番号 |
19K16525
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研究機関 | 大阪市立大学 |
研究代表者 |
松本 早紀子 大阪市立大学, 大学院医学研究科, 助教 (00789654)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | 神経変性 / 海馬 / 微小管 |
研究実績の概要 |
微小管は中心体を起点とした細胞骨格を形成する細胞内小器官であり、主に細胞内物質輸送のレールとして機能している。当研究室ではこれまでに、中心体に局在するSer/Thr脱リン酸化酵素Protein Phosphatase 4 catalytic subunit (PP4c) が増殖細胞において分裂間期の微小管ダイナミクスを制御することを明らかにしてきた。このことから、微小管が特に発達して存在する神経細胞においてもPP4cが微小管ダイナミクスに重要な役割を担っている可能性が推測された。そこで、生後の大脳ニューロン特異的PP4c欠損マウスを作製したところ、欠損側の海馬組織が萎縮するという表現型を発見した。本研究課題では、中枢神経系におけるPP4cの基質同定と、PP4c欠損による神経変性メカニズムを明らかにすることを目的とした。 はじめに、PP4c欠損によっておこる海馬の萎縮を組織学的に詳細に解析した。ニューロン特異的なSynapsin Iプロモーター制御下でCreリコンビナーゼを発現するアデノ随伴ウィルスを生後1週マウスの左脳室内に注入したところ、同側の海馬組織で注入後3週間以降から組織全体が萎縮し始め、その後6ヶ月にわたって変性が進行することが明らかになった。また、時間経過とともにCA2からCA3にかけての細胞数が減少し、脳室が拡大する傾向も明らかになった。 組織学的な検討と並行してMS解析によるPP4cの基質同定にも取りかかった。精製したPP4cリコンビナントタンパク質と、海馬組織のタンパク抽出液を用いてPull down assayを行ない質量分析を行なったところ、微小管を構成するTubulinが同定された。そこで、現在は質量分析を用いてTubulinのPP4cによる脱リン酸化部位を決定するため、微量タンパク質のリン酸化アミノ酸を同定する条件の検討を行っている。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
当該年度は当初の計画通り、組織学的な検討と基質の同定作業に集中的に取り組んだ。ノックアウトマウスの経時的な組織学的解析には長期的な検討が必要とされるため、初年度から取り組むこととした。PP4cのコンディショナルノックアウト(CKO)マウスはすでに作製が成功しており、Creを発現するAAVについても群馬大学平井教授との共同研究により作製し、すでにPP4c CKOマウスに有効であることを確かめていたことも、研究を概ね順調に進められた要因の一つである。 基質の同定に関しては、Tubulinという候補を得られたことは本研究課題を大きく前進させる一歩であったと考える。現在、リン酸化部位を決定するための条件検討に少し時間がかかっているが、これはPP4c欠損マウスの海馬組織からのTubulin精製と、リン酸化ペプチドの濃縮方法に検討を重ねているためである。Tubulinの精製には通常、in vitroでの重合・脱重合を繰り返し行なって精製する方法を用いるが、PP4cは微小管のorganizationに関与する脱リン酸化酵素であることが報告されており、PP4c欠損マウスから得られたTubulinタンパク質は適切にin vitroで重合できない可能性も考えられる。そのため、本研究おいては、イオン交換カラムやゲル濾過精製、HPLCなどといった生化学的な方法を組み合わせて、Tubulinを精製する方法を構築している。また、こうして得られたタンパク質は微量であり、夾雑物も多数含まれるため、質量分析を行うためにはリン酸化ペプチドを濃縮する必要があり、その条件検討も行なってきた。現在は方法が確立されつつあり、今後リン酸化部位の決定を期待できることから、全体としては概ね順調に進んでいると評価した。
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今後の研究の推進方策 |
当該年度では、組織学的解析と基質の同定に注力して研究を行なった。令和2年度からは、研究計画に沿って、細胞単位におけるPP4c欠損による影響を神経細胞初代培養を用いて明らかにすること、そして基質候補であるTubulinの脱リン酸化部位の特定を積極的に進めていく。これまでに、PP4c欠損によって海馬組織が進行性にかつ著しく変性していくことが明らかになったが、この変性メカニズムを明らかにするためには細胞内におけるPP4c欠損による変化の過程を詳細に解析することが必要不可欠である。そのためにPP4c欠損海馬ニューロン初代培養を、Creリコンビナーゼを強制発現するレンチウィルスを用いて作製する計画で、現在すでにこのウィルスを作製し、Creリコンビナーゼの発現と活性を確認できている。PP4c欠損ニューロンについて、微小管ダイナミクスに関与するタンパク質の発現変化または修飾変化等に着目し、細胞生物学的・生化学的手法を用いて、組織変性につながる表現型を同定していく。 また、質量分析によって基質候補であるTubulinの脱リン酸化部位を特定することができれば、リン酸化状態をmimicした変異型Tubulinを強制発現するレンチウィルスを作製し、培養細胞で新たに発見された表現型を用いて、評価を行なっていく。
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次年度使用額が生じた理由 |
当該年度では主に質量分析の条件検討と、海馬組織変性過程の形態学的な観察に注力して研究を行なった。質量分析による基質候補の同定は順調に進んだが、その後のリン酸化部位の決定方法に課題が見つかったため、質量分析器の使用頻度が少なく、さらに当初予定していた抗体を用いた組織学的観察等が進められていない。そのため、当初抗体購入等に予定していた予算を次年度に繰り越した。次年度では、培養細胞を用いた細胞生物学的実験、タンパク質精製のための生化学的実験、DNAコンストラクト作製の分子生物学的実験等を計画しているため、これらを遂行するための消耗品費(試薬・抗体、培養用品、プラスチック用品の購入等)に予算の多くをあて、一部を質量分析解析のための出張旅費等に使用する計画である。
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