研究課題
心筋梗塞などの心疾患においてミトコンドリアの過剰分裂が観察されることから、病態とミトコンドリア分裂の密接な関係が想像されるが、MITOLが心臓においてこれら過剰分裂をどの様に制御しているのかは不明である。そこで我々は心臓におけるMITOLの機能を調べるため心筋特異的MITOL欠損マウスを作成した。今回このマウスを詳細に時系列化して解析した結果、ノックアウト後1ヶ月の時点では心機能に顕著な変化は見られないが、心筋ミトコンドリアはDrp1の蓄積によってすでに過剰分裂していた。その後3ヶ月経過すると活性酸素種などの影響から細胞老化が生じ、6ヶ月の時点では線維化やFS値の低下など心不全の病態を示した。したがってMITOL欠損は過剰なDrp1の蓄積によって細胞毒性が亢進し、細胞老化を経て心機能低下を引き起こすことが明らかになった。また、MITOLはDrp1以外にも複数の分子を標的にしてユビキチン化する。心筋特異的MITOLの心不全がDrp1の影響であるかを確かめるため、Drp1の阻害剤であるMdivi-1を用いていたが、この化合物がDrp1以外の作用点を持つとコメントを多く受けたため、AAV-K38ADrp1を用いたレスキュー実験を詳細に解析した。その結果、MITOL欠損による心機能低下はMdivi-1同様、AAV-K38ADrp1によるDrp1の機能阻害によっても回復した。AAV-K38ADrp1を投与したMITOL欠損マウスでは、細胞肥大や細胞老化が抑えられており、心筋細胞の過剰分裂が心臓老化に関与することも同時に示すことができた。したがって、心筋特異的MITOL欠損マウスの心不全はDrp1の過剰な活性化によるものであることが示された。これらの結果より、MITOLは心臓においてもDrp1を基質としており、MITOLの発現低下は心臓老化や心不全を引き起こすことが明らかとなった。
2: おおむね順調に進展している
MITOLの心臓における重要性と、MITOL欠損によるDrp1-細胞老化-心不全のカスケードが実際の心筋梗塞においても生じており、AAVを使用してこれを阻害することで心筋梗塞による心毒性を回避できることを示した(iScience 2022, in press)。MITOLはDrp1以外に複数の基質を持っており、MITOL欠損による影響がDrp1によるものなのかを示すことは難しかったが、今回化合物とAAVを用いた2つのレスキュー実験を詳細に解析することで、MITOL欠損による心毒性が一部Drp1によるものであることを示すことに成功した。この論文で心臓老化におけるMITOLの重要性と創薬ターゲットとしてのMITOLの重要性を示した。さらに所属研究室の技術であるヒトiPSCを用いた心筋細胞作製技術を用いて、ヒト心筋細胞を用いた実験系を構築し、ミトコンドリア形態とヒト心筋細胞(病態)の関連性を見出す結果をいくつか得ている。
心筋梗塞時にMITOLが発現低下し、この発現低下をAAVによる過剰発現系を用いて抑制すると心筋梗塞後の心機能障害が軽減することを示した。よってMITOLの発現制御機構を理解することは心筋梗塞の病態を理解する上で非常に重要であるが、どの様にMITOLが心筋梗塞で発現低下するのかはよく分かっていない。培養細胞を用いた実験によって心筋梗塞を模倣した環境を作成すると、マウス・ヒトの時と同様にMITOLは発現低下する。今後この実験を中心に、心筋梗塞によってMITOLが発現低下するメカニズムを解析していきたい。また、今回Drp1によるミトコンドリア形態制御が心臓老化や心不全に強く関与することが分かったが、MITOLがどの様にDrp1を分解制御しているのかについては不明瞭な点が多い。こちらは培養細胞を用いてユビキチン化箇所や、その他のDrp1受容体とMITOL-Drp1の関係を調べていく。さらにヒトiPSCから作成したヒト心筋細胞を用いて、ミトコンドリア形態制御がヒト心筋細胞でも重要であることを示していく。
新型コロナウイルス感染症の影響と所属研究室の変更のため、実験再開に遅れが生じたため。令和四年度の使用計画としては、組織学的解析に使用する科学染色試薬(マッソントリクロームやSA-gal染色など)の購入、分子間相互作用の解析のため各種抗体や免疫沈降法の際に使用するビーズの購入、またミトコンドリア画分を分取する目的が出てくるため、テフロン製のホモジナイザー機器の購入、免疫染色やウェスタンブロットの解析に必要なMITOL抗体やミトコンドリア関連の抗体の購入を予定している。
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iScience
巻: in press ページ: -
EMBO reports
巻: 22 ページ: -
10.15252/embr.201949097
Biology
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Journal of Molecular and Cellular Cardiology
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10.1016/j.yjmcc.2021.08.006