研究課題
本研究は、被爆者に発症した造血器腫瘍に対する分子解析を実施することを目的とする。この研究により、放射線起因性造血器腫瘍の発症機構の解明、またその発症予測マーカーを同定できうる。2019年度は、慢性骨髄性白血病(chronic myelogenous leukemia; CML)に注目し、解析を実施した。CMLは原爆被爆後に明らかに増加が認められており、BCR-ABL1融合遺伝子の存在がその診断に必要である。被爆後早期に発症したCMLは臨床情報および検査所見から診断されており、BCR-ABL1の存在については不明であった。本年度の解析では、CMLと診断され、1950-1980年の間に剖検された症例の肝臓、脾臓、およびリンパ節について、免疫染色とDNAおよびRNAの抽出を実施し、分子学的解析を実施した。まずは被爆放射線量が低い3症例を用いて条件設定を兼ねて検討を行った。免疫染色上、3例中2例は骨髄系の腫瘍であり、残り1例はT細胞性腫瘍と考えられた。CMLは後に急性白血病へと移行するが、その際にT細胞腫瘍を呈するのは稀である。採取したRNA、DNAとも断片化が進んでいるものの、100-200bp程度のサイズは保たれていた。BCR-ABL1の検討を実施したところ、骨髄系の表現型を呈した1例でBCR-ABL1p210が認められたが、残り2例では認められなかった。またABL1T315変異を評価したが、遺伝子変異はみられなかった。この結果からは、次世代シーケンサーなどによる網羅的解析が可能であることを示唆している。また被爆者CML内のheterogeneityを示唆する結果である。この解析に加えて、2019年度は造血器腫瘍のゲノム異常には発症年齢による差異があることを、報告している。若年時の被爆は造血器腫瘍発症のリスクであり、次の解析の際にこの結果を参考にし、放射線起因性白血病の分子機構の解明を行う。
3: やや遅れている
本来であれば、2019年度の予定であれば全てのCML症例についての検討を追える予定であったが、3症例の解析になった。この理由は染色方法と、核酸抽出方法の改善が必要であったためである。これにより、2例では予定通りの染色と、核酸抽出を実施しえたが、1例では染色は良好であったが、核酸抽出に難渋をした。染色については賦活化条件の変更により、良好な結果を得られたことからは、60年以上の長期間保存の影響が示唆される。核酸抽出に難渋した症例と、その他の症例ともほぼ同時期に保存されたものであることからは、その固定法の差異が核酸抽出に影響を及ぼしたと考えている。まずは3症例に絞り行い、貴重な検体のロスを最小限にするよう心掛けた。しかし、系の確立がほぼできたため、今後は予定以上に進められると考えている。
今後は、まず現在の症例の核酸を用いて次世代シークエンサーによる解析を実施する。もし、今回の2例からはBCR-ABL1が検出された場合は、同解析方法の妥当性を証明するものとなる。その際は残りの症例(CML、およびほかの造血器腫瘍)についても同様の解析を行う。これにより、原爆被爆者に発症した造血器腫瘍の分子機構を解明する。また放射線線量との相関を評価することで、発症予測マーカーの確立を行う。
本研究では免疫染色および核酸抽出に関する追加検討が必要となり、当初の予定よりやや遅れている。このため、2019年度に購入する物品の一部を購入せず、次年度へと回している。このため次年度使用額が生じた。
すべて 2020
すべて 雑誌論文 (1件) (うち査読あり 1件)
Blood
巻: 135 ページ: 1467-1471
10.1182/blood.2019001815