本研究は、根本的治療法のない顔面肩甲上腕型筋ジストロフィー(FSHD)について、幹細胞技術を起点として治療法提案を目指した。FSHDはDUX4遺伝子の異常発現に起因する遺伝性疾患であることは分かっている。しかし、未だ遺伝的背景から筋委縮へ至る病態メカニズムは分かっていない。特に、DUX4の遺伝子発現そのものは胎児期からすでに確認されるのに対し、実際には生後10代頃まで発症しないという、遺伝子発現と臨床像の間に大きなタイミングのずれがある。そこで本研究では、骨格筋細胞の時期特異性に着目しながら、ヒト人工多能性幹細胞(iPS細胞)を活用して、患者の臨床的特徴に直結する表現型を見出し、その分子病態を検証し、FSHD治療の分子標的を求める。まず、様々な時期に相当する筋細胞へのiPS細胞の分化誘導と、遺伝子工学を技術基盤として、病態モデルの基礎となる新たな骨格筋細胞のモデル系構築を進めた。初年度は、iPS細胞から誘導される骨格筋細胞をいくつかの方法で作成し、その筋細胞において、成熟化の程度の指標となる遺伝子発現を調べることで目的の筋細胞が得られるかを調べた。試した分化誘導法のうちの一つで、出生後の時期に相当する遺伝子マーカーの発現が確認された。従来の分化誘導法では、胚性期か胎児期に相当する筋細胞が得られていたことから、本結果ではより発生上より進んだ段階の筋細胞が得られたことを意味する。また、FSHD患者由来iPS細胞から骨格筋幹細胞のマーカー遺伝子レポーター株を作製した。この株においても上記の分化誘導法が適用できることが確認できた。ただし、この方法は最終目標のための実験に必要な細胞を確保するにあたり相当の実験動物が必要となることがネックとなり、計画書に記載の、実験動物を用いない代替案を検討し進めた。
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