本研究では、がんの発症と転移の過程におけるがん細胞の増殖・運動の停止・再開のスイッチ機構を解明することを目的とし、細胞接着分子ネクチン-4、成長因子受容体ErbB2、細胞外基質受容体インテグリンα6β4がこの機構に果たす機能の解析を行い、本年度は以下の結果が得られた。 (1)乳がん細胞の増殖・運動の停止・再開のスイッチ機構、および新たな生存機構:がん細胞の増殖・運動の停止・再開のスイッチ機構を解明するため、乳がん細胞で上記の分子の発現や相互作用、増殖・運動に関わるシグナル伝達分子の活性化を検討した。その結果、ネクチン-4がErbB2のバリアントであるp95-ErbB2と結合した場合にのみ、Hippo経路を介して転写因子SOX2の発現を促進した。また、SOX2はがん細胞の非接着状態の増殖を促進した。ネクチン-4は、ErbB2、あるいはp95-ErbB2との結合により増殖・運動の停止・再開のスイッチ機構に関与する可能性が考えられた。 (2)がん細胞の転移過程におけるエキソソームの作用機構:エキソソームによるがん細胞の転移や増殖・運動の停止・再開のスイッチ機構への関与を明らかにするため、乳がん細胞の培養上清から精製したエキソソームを、マウス脳から単離精製した血管と混合しエキソソームの局在を観察した。その結果、エキソソームは血管内皮細胞と血管基底膜の両方に付着していた。エキソソームが血管基底膜でがん細胞の増殖や運動に機能している可能性が考えられた。また、精製したエキソソームに、ErbB2のバリアントであるp95-ErbB2と予想されるタンパク質が存在していた。前項の結果を考慮すると、p95-ErbB2が、エキソソームが付着した血管基底膜などでネクチン-4と共に機能し、Hippo経路やSOX2の発現を介してがん細胞の転移や増殖・運動の停止・再開のスイッチ機構に関与する可能性が考えられた。
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