研究課題/領域番号 |
19K16792
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
鈴木 絢子 東京大学, 大学院新領域創成科学研究科, 特任准教授 (00770348)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2021-03-31
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キーワード | ナノポアシークエンサー / ロングリード / 肺がん / 転写産物 / ネオアンチジェン |
研究実績の概要 |
本研究では、ナノポアシークエンサーMinIONを用いて、がん細胞における異常な転写産物の全長構造を正確に決定し、がん新生抗原(ネオアンチジェン)となりうる異常転写産物を検出する手法を開発するものである。 本年度は、肺腺癌細胞株についてMinIONを用いて取得した全長cDNAシークエンスデータを解析し、転写産物の全長構造についてカタログ化を行った。これら細胞株については、本研究グループが先行研究において豊富な多層オミクスデータを取得しており、ゲノム変異等の一連のオミクスステータスがすでに明らかとなっている。本研究では、得られた全長cDNAシークエンスデータから肺腺癌細胞株の転写産物を網羅的に同定し、既知転写産物構造(RefSeqおよびGENCODE)と比較、異常な構造を持つ新規転写産物を抽出した。同定された新規転写産物の中には、exon skippingやintron retention等の異常なイベントがコンビネーションで生じているものが見られた。これらは従来のショートリードデータでは正確にその全体構造を把握できないため、MinIONを駆使したロングリード解析の優位性を示すことができたと考えている。さらにこれら異常転写産物から翻訳されると考えられるがん特異的なペプチド配列候補を抽出し、NetMHCを用いてネオアンチジェン候補を予測した。これらの一部はプロテオーム解析で検出されたため、実際にペプチドとして細胞内に存在することが示唆された。本研究で得られたシークエンスデータはDDBJに登録した。 また、非小細胞肺がん臨床検体を用いた解析も実施した。肺がん組織より抽出されたRNAを用いて、全長cDNAシークエンスを行った。肺腺癌細胞株で構築した解析パイプラインを駆使して、がん特異的新規異常転写産物およびペプチド候補を抽出した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本年度は、肺腺癌細胞株におけるMinIONの全長cDNAシークエンスデータを、minimap2を用いてリファレンスゲノムにマップし、がん特異的異常転写産物を抽出することができた。また、異常mRNAの蓄積に寄与すると考えられる因子(NMD関連因子・スプライシング関連因子)についても、そのゲノム変異および遺伝子発現異常を調べ、異常転写産物の多寡およびパターンと比較した。解析対象とした肺腺癌細胞株については、すでに先行研究で多層オミクス解析を実施しているため、それらの結果を参照することができた。また、異常転写産物から生成されるペプチド配列についても、予測を行っている。実際にプロテオーム解析で検出できたものも含まれており、一連の解析は順調に推進できていると考えている。臨床検体における解析についても同様に実施することができ、異常転写産物およびペプチド候補を抽出することができた。7例の非小細胞肺がん症例について解析を完了している。 一方で、これら異常転写産物やペプチドの量やパターンが、免疫チェックポイント阻害剤効果予測能を有するかどうかの検証については、現在のところ実施できていない。また、本研究ではMinIONにおけるロングリードシークエンスデータを駆使した転写産物の測定を行っているが、世界的にデータの蓄積があるショートリードデータを用いた解析についても本研究で得られた転写産物構造のカタログをレファレンスとして使用した形で、今後提案していく必要があると考えている。 現在、一連の成果について論文投稿準備を進めており、研究はおおむね順調に進展していると考えている。
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今後の研究の推進方策 |
これまでの研究において、肺腺癌細胞株、および、非小細胞肺癌検体より得られた異常転写産物の多寡およびパターンが生ずる原因について、さらに詳細に解析を行う。NMD因子やスプライシング因子のノックダウン実験により、異常転写産物の量が変化することはすでにわかっており、関連遺伝子におけるゲノム変異や遺伝子発現異常が、転写産物パターンに大きく影響することが示唆されている。その他の因子の関与についても順次解析していく。また、転写制御領域および転写領域における配列コンテキストやゲノム変異といったcis因子の影響に対する評価も進める必要があると考えている。異常転写産物の多寡およびパターンに関連する因子が抽出できれば、MinIONによる全長転写産物の直接計測の代わりとなる新しいマーカーとして使うことができる。 本研究では、MinIONによるロングリード解析を駆使して、転写産物構造を決定している。MinIONを用いた全長cDNAシークエンス解析データの取得は世界的に進められているが、これまでがんの大規模シークエンスプロジェクトではショートリードシークエンサーが利用されてきたため、現在蓄積のあるデータは主にショートリードデータになる。これら既存データを活用するために、本研究で取得した正確な転写産物構造のカタログを基盤に、ショートリードRNA-seqデータを活用するための方法も開発していく。
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