研究課題
悪性中皮腫は難治性の悪性腫瘍であり、その発症・伸展にはLATS2 (large tumor suppressor kinase 2)、NF2 (neurofibromatosis type 2)、BAP1(BRCA associated protein 1)などといったがん抑制因子の変異が密接に関連していることが報告されている。本研究課題では、LATS2変異を有した悪性中皮腫に対する合成致死標的として見出したSMG6の新規分子標的としての有用性を明らかにすることを目的とする。本年度は、in vivoの実験系を樹立するためはじめにLATS2に変異を有するヒト悪性中皮腫由来細胞株 (Y-MESO-27)を用いて細胞死の検討を行った。その結果、Y-MESO-27に対してsiRNAを用いてSMG6を発現抑制することでnon-target (NT)と比較し有意に細胞生存率の低下が確認された。また、2020年度で新たに見出した分子標的であるTERTに対する阻害剤でも同様に細胞生存率の低下が確認された。また新たに樹立したY-MESO-27のLuciferase遺伝子導入細胞株 (Luc Y-MESO-27)細胞をヒト化マウス (NOGマウス:NOD/Shi-scid,IL-2RγKO)胸腔に移植したところ、胸腔に生着することが認められた。Luc Y-MESO-27にSMG6を発現抑制した後、NOGマウス胸腔内に移植した結果、すべてのマウスでLuc Y-MESO-27の生着が認められなかった。またNOGマウス胸腔に生着したLuc Y-MESO-27に対してTERT阻害剤を腹腔内投与したところ有意にLuc Y-MESO-27の退縮が確認された。今年度研究より、分子標的SMG6、TERTの阻害がLATS2変異を有する悪性中皮腫由来細胞株に効果を示し、in vivoレベルでも有用性が認められた。
2: おおむね順調に進展している
これまで、in vitroでの実験は、ヒト正常中皮由来細胞株 (HOMC-D4)にLATS1とLATS2をshRNAにより発現抑制させた安定細胞株 (LATS1/2 KD)、ヒト正常中皮由来細胞株 (MeT-5A)にLATS2を欠損させた安定細胞株 (LATS2 KO)に対してsiRNAを用いた標的遺伝子の発現抑制により細胞死の効果を検討してきた。本年度は、in vivoの実験系樹立のためY-MESO-27を用いてSMG6の発現抑制、2020年度の研究より見出したTERTの発現抑制、TERT阻害剤による細胞生存率の検討を行った。その結果、Y-MESO-27においてもSMG6、TERTの発現抑制でNTと比較して有意に細胞生存率の低下が確認された。TERTのRNA依存的DNAポリメラーゼ (RdDP)を阻害するBIBR1532、ドキソルビシン、トリコスタチンによっても細胞生存率の低下が確認された。マウス体内のがん細胞のライブイメージングを行うため確認するため、Luciferaseを過剰発現させた細胞 (Luc Y-MESO-27、Luc LATS2 KO)を樹立し、これら細胞をNOGマウス胸腔内への移植したところ生着が認められた。Luc Y-MESO-27、Luc LATS2 KOにsiRNAを用いてあらかじめSMG6の発現を抑制した後、NOGマウス胸腔内に移植したところ全例でマウス胸腔内への生着が認められなかった。またNOGマウス胸腔内にLuc Y-MESO-27、Luc LATS2 KOの生着を確認後、BIBR1532 (TERT阻害剤)をマウス腹腔に投与したところ、有意な細胞の退縮が確認された。2021年度研究状況として、in vivoの実験系の樹立及び新規標的分子 (SMG6、TERT)の有用性を示せたことから十分な進捗であるといえる。
これまでの研究成果より、LATS1/2 KD、LATS2 KO、Y-MESO-27に対してSMG6、TERTの発現抑制、TERT阻害剤の添加によって細胞生存率の低下がin vitro、in vivoレベルで認められた。今後は(1) LATS2変異とSMG6、TERT阻害による細胞死誘導機構の詳細を検討する、(2) LATS2変異を有したほかの悪性中皮腫株並びに他臓器由来のがん細胞でもSMG6、TERT阻害が有効かを検討する。(1)を進めていくうえで、LATS2-Hippo経路の下流とSMG6、TERTのRdDPによるシグナル経路を追跡し両因子がアポトーシスに関与する経路を検討する。具体的には、Hippo経路の下流で働く転写活性の亢進によりアポトーシス関連因子が発現上昇しているかを確認し、それら因子がSMG6とTERTの阻害によって発現変化するかを検討する。現在LATS2の阻害によりいくつかのアポトーシス関連因子の発現上昇が確認されており、それら因子がSMG6、TERTの阻害によって変化するか調べる段階まで進んでいる。(2)を検討するため、LATS2が変異した悪性中皮腫由来がん細胞 (H2052、Y-MESO-14など)、他臓器におけるLATS2変異がん (子宮内膜がん、胃がんなど)に対してSMG6、TERTの発現抑制並びにTERT阻害によって細胞生存率を抑制できるか検討する。またSMG6の効果的な阻害剤は乏しく、SMG6の構造を基に低分子化合物の探索を行うことでより効果的かつ特異的な合成致死誘導の手法を検討する。SMG6の構造より他因子と相互作用するポケットの存在が報告されており、予備実験的にポケット部分の1アミノ酸変異体を作製したところSMG6発現抑制と同様にLATS2変異細胞の生存率の低下が認められている。今年度研究によって特異的かつ簡単な細胞死誘導の手法が期待される。
本年度、代表者は主に研究する場所の変更に伴い研究費の移管を予定していたが、代表者の雇用形態と研究費の移管の相互の兼ね合いにより移管が難しくなった。そのため前勤務場所に所属並びに役職を設けていただきそちらで研究費の執行を行う運びにしていただいた。そのため研究費の執行に遅れが生じ、研究費の翌年度への延長をお願いした次第です。
すべて 2021
すべて 雑誌論文 (2件) (うち査読あり 2件、 オープンアクセス 1件) 学会発表 (4件)
Scientific Reports
巻: 11 ページ: -
10.1038/s41598-021-00708-6
Blood Advances
巻: 5 ページ: 4233~4255
10.1182/bloodadvances.2020003661