研究課題/領域番号 |
19K16893
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研究機関 | 金沢大学 |
研究代表者 |
矢追 健 金沢大学, 子どものこころの発達研究センター, 特任助教 (80647206)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | 社会的促進・抑制 / 自閉スペクトラム症 / 脳磁計(MEG) |
研究実績の概要 |
本研究は,特に就学前の定型発達(TD)児および自閉スペクトラム症(ASD)児を対象として,課題遂行場面において他者の存在がその成績に影響を及ぼす社会的促進ないし抑制の効果を明らかにし,さらにその際の神経活動について小児専用に開発された脳磁計(MEG:脳神経の活動に伴って生じる微小磁場を測定する装置)を用いて検討することを目的とする。このため本研究では基本的な社会的認知による影響である社会的促進(抑制)がどのような状況において生じるのか,またASD児ではTD児と効果が異なるのかを検討する。2019年度は参加児の親または実験者が傍に付き添った状態で,2種類の手がかり刺激(cue)の後にボタンを押して反応する(Go),あるいは逆に反応しない(NoGo)ことが求められる単純なGo/NoGo課題を参加児に行ってもらい,その際の神経活動をMEGによって計測した。この結果,まず行動面ではTD児とASD児との間で,親あるいは実験者が付き添っていた場合に課題成績に及ぼされる影響がそれぞれ異なっている可能性が示された。これはTD児とASD児とで,身近な他者(親)あるいは身近でない他者(実験者)による社会的促進(抑制)の効果の現れ方が異なる可能性を示唆するものである。また,MEGによって得られた神経活動のデータについては現在分析中であるが,現時点で抑制機能を反映していると考えられる神経活動を前部帯状皮質(rostral anterior cingulate cortex)を始めとする複数の領域で確認できている。こうした神経活動は成人を対象とした磁気共鳴画像法(fMRI)研究では既によく知られているものであるが,本実験はfMRIによる実験実施が難しい就学前の幼児を対象として,MEGによって同様の活動を捉えることができることを示すものである。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
ASD児はメンタライジングをはじめ,その社会的能力に障害があることはよく知られており,このことから社会的促進または抑制が生じにくい,あるいはその出現パターンが健常児とは異なる可能性が考えられる。このことを行動と神経活動の両側面から検討するために,2019年度の実験ではASD児および比較対象となるTD児のデータがそれぞれ30名分程度必要になると予測していた。これに対し,2019年度前半はほぼ計画通りに進捗していたが,特に後半以降,MEGをはじめとする様々な機器類の冷却に用いられる液体ヘリウムの世界的な不足が特に深刻化したことを受け,冷却に用いたヘリウムを回収して再使用するための循環装置が導入されることとなり,そのための工事期間中はMEGを利用できないこととなった。さらに新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の影響により,特に年度末にかけて対面接触を伴う心理・神経科学的実験を実施することは実質不可能となり,実験を打ち切らざるを得なかった。しかし,当初予定していた最大数には及ばないものの,予備調査によって得られたものを含めこれまでにTD児,ASD児それぞれ20数名ずつのデータを取得できており,分析方法を改良することによって統計的にも有効な結果が得られる見込みである。また実際にMEGによって得られたデータから,現時点でNoGo試行における抑制機能のはたらきを反映していると考えられる神経活動を見出すことができており,今後は社会的促進あるいは抑制を反映する神経活動の検討に取り掛かる予定である。こうしたことから,本研究は現時点ではおおむね交付申請時に記載した実験計画に従って進んでいるものと考えている。
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今後の研究の推進方策 |
2020年度は,2019年度に実施した実験の分析をさらに詳細なものとすることに加え,ASD診断のための検査(ADOS-2・DISCO)や認知機能の検査(K-ABC)といった各種の発達検査や質問紙調査の結果を取りまとめ,行動指標および神経活動との関係を検討する。また,社会的促進(抑制)の現れ方が異なると考えられるより複雑な課題を幼児に行ってもらい,その際の神経活動を同様にMEGによって計測することを計画している。 しかし,今後の研究の遂行にあたって障害となる可能性がある液体ヘリウム不足については,循環装置の導入によりある程度解消される見込みであるが,新型コロナウイルス感染症の影響がどの程度の期間に及ぶかについては現時点では予想がつかない。このため,必然的に対面接触を伴う心理・神経科学的実験を2020年度中にどの程度進められるかについては不確定であると言わざるを得ない。当初の計画通りに実験を実施することが難しい場合には,既に取得済みのデータを取りまとめ,学術論文等の形で積極的に成果報告を行うことを優先する。
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次年度使用額が生じた理由 |
特に2019年度の半ば頃以降,MEG装置の冷却にも用いられている液体ヘリウムの世界的な不足が深刻化し,入手が困難な状況が続いている。これを受け,冷却に用いたヘリウムを回収して再使用するための循環装置を導入するため,2020年1月よりMEG周辺設備を含む改修工事が行われることとなった。このため,予定していた実験を最大数実施することができず,これに伴ってかかる諸費用を次年度使用とせざるを得なくなった。また新型コロナウイルス感染症の影響により,2020年1月以降に参加予定であった学会や研究会が全て中止または延期となったため,これにかかる参加費および旅費等を次年度使用とせざるを得なくなった。次年度使用に計上した予算はこの実験およびデータ分析に関係する機器類の購入や,延期となった学会等への参加費および旅費等に充てる予定である。
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