研究課題/領域番号 |
19K16904
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研究機関 | 北海道大学 |
研究代表者 |
山崎 剛士 北海道大学, 遺伝子病制御研究所, 客員研究員 (70709881)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2021-03-31
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キーワード | 神経変性疾患 / Transglutaminase 1 / アストロサイト / プリオン病 |
研究実績の概要 |
多くの神経変性疾患に共通してミクログリアやアストロサイトが形成する脳内環境の変化が神経変性に関与する。プリオン病では、炎症性に活性化したミクログリアが神経傷害性に働くとする報告が蓄積する一方で、アストロサイトの病態生理学的意義は十分に理解されていない。プリオン病モデルマウスの脳の神経脱落部位では、活性化アストロサイトの一部にTransglutaminase 1 (TGM1) が発現誘導される。本研究では、TGM1分子の神経変性機構への関与およびTGM1陽性アストロサイトの病態生理学的意義を解明する。 当該年度は、TGM1分子の神経変性への関与を明らかにするため、プリオン病モデルを用いてTGM1分子の発現と神経変性の因果関係を明らかにすること、さらに、TGM1分子が架橋する標的タンパクを同定し、アストロサイトにおけるTGM1の機能を解明することを計画した。まず、研究の効率化のため、プリオン病モデルマウスの脳内で起こるTGM1分子の発現をex vivo実験系で再現することを試みた。プリオン感染初代培養神経細胞と初代培養アストロサイトの共培養を作製し、アデノ随伴ウイルスベクターを用いて、共培養系内のアストロサイト特異的にTGM1の過発現を試みたところ、プリオン病の病原タンパク質である異常型プリオンタンパク質 (PrPSc) とTGM1分子の共局在が見られた。超解像共焦点顕微鏡を用いて詳細な解析を行った結果、神経細胞で増殖したPrPScとアストロサイトで発現したTGM1分子が極めて近接することが明らかになった。本研究成果がアストロサイトの発現するTGM1分子とPrPScの間に何らかの相互作用があることを示唆する一方で、プリオン感染神経細胞に神経変性の兆候が認められなかったことから、TGM1分子の発現が神経変性の原因である可能性は低いと考えられた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究では、TGM1分子とTGM1陽性アストロサイトがどのようにプリオン病の神経変性に関与するのかを解明するため、①TGM1発現と神経変性の因果関係の解明、②TGM1が架橋する標的タンパクの同定、③トランスクリプトーム解析によるTGM1陽性アストロサイトの機能予測、④TGM1陽性アストロサイト除去による病態への影響評価を計画していた。Ex vivo実験系を用いた解析の結果、プリオン病モデルマウスにおけるアストロサイトでのTGM1の発現誘導は、神経変性の原因というよりは結果である可能性が高いことが明らかになり、本年度計画のTGM1の標的分子の同定よりも、翌年度計画のTGM1陽性アストロサイトの機能解析を優先することとした。 (1) TGM1陽性アストロサイトのトランスクリプトーム解析 マウスの脳からセルソーターで分取したアストロサイトを用いてRNA-seqが実施できることを確認した。今後、TGM1陽性/陰性アストロサイトを分取してRNA-seqに供する予定である。 (2) TGM1陽性アストロサイト除去によるプリオン病の病態への影響 アデノ随伴ウイルスベクター (rAAV) を用いて自殺誘導遺伝子を発現させ、脳からTGM1陽性アストロサイトを除去することで、プリオン病モデルマウスの病態への影響を評価する。TGM1プロモーター下に自殺誘導遺伝子iCasp9を配置したベクターをrAAV-PHP.eBにパッケージングし、静脈投与によりマウスの脳へ送達する。iCasp9は低分子化合物AP20187存在下で2量体を形成してCaspase活性を発揮してアポトーシスを誘導する。現在、ベクターの作製およびex vivo実験系でのiCasp9の有効性の評価を進めている。 本年度計画の一部は方針を変えたが、翌年度の研究計画の一部は前倒しで準備が進んでおり、本研究はおおむね順調に進展していると考えている。
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今後の研究の推進方策 |
本研究の課題であるTGM1分子の発現と神経変性の因果関係の解明に関して、TGM1の発現が神経変性の原因である可能性が低いことがex vivo実験系で示唆された。In vivo実験系での検証が必要であるが、TGM1欠損マウスは新生仔致死であるため、欠損マウスを用いた実験は現実的ではない。今後、アストロサイト特異的GFAPプロモーター下にSaCas9、Tgm1遺伝子に対するguide RNAを配置したCRISPR/SaCas9ベクターをrAAV-PHP.eBにパッケージングし、プリオン感染マウスに静脈投与する。rAAVを用いたCRISPR/Cas9システムによりアストロサイト特異的にTGM1を欠損した場合の脳病変、生存期間への影響を評価する。 本研究のもう一つの課題であるTGM1陽性アストロサイトの病態生理学的意義に関して、現在セルソーティング後のトランスクリプトーム解析によるTGM1陽性アストロサイトの機能予測を進めている。しかし、TGM1陽性アストロサイトは神経脱落部位に限局しており、脳全体のアストロサイトと比較して割合が低いため、RNA-seq解析に十分な試料を採取するのが難しいことが予測される。セルソーティング後のRNA-seq解析に代わるオミクス解析手法として、translating ribosome affinity purification (TRAP) 後のRNA-seq解析を検討する。TGM1陽性アストロサイト除去による病態への影響評価に関しては、TGM1プロモーター下にiCasp9を発現するrAAVベクターの開発を進める。TGM1の発現誘導が開始するプリオン脳内接種90日後からAP20187を腹腔内投与して、TGM1陽性アストロサイト除去によるプリオン感染マウスの病態への影響を精査する。
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次年度使用額が生じた理由 |
研究計画当初は施設利用料および受託解析利用料を計上していたが、実験計画の変更により消耗品の購入に研究費を供する必要が生じたため、当初計画の「その他」に計上した額と「物品費」に変更があり、「次年度使用額」が「0」より大きくなった。研究計画の一部に変更はあったが、翌年度研究計画に則した「物品費」として使用する予定である。
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