研究課題/領域番号 |
19K16972
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
西川 尚子 東京大学, 医学部附属病院, 特任研究員 (80814706)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2021-03-31
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キーワード | グリセロリゾリン脂質 / ω-3脂肪酸 / ω-6脂肪酸 |
研究実績の概要 |
生体内では脂肪酸分子種の違いや代謝バランスの変化が様々な炎症や代謝疾患に関与していることが示唆されている。特にω-3、ω-6脂肪酸は体内で活性代謝物・脂質メディエーターに変換され、抗炎症作用、抗線維化、抗アレルギー作用を発揮していることが報告されている。また種々の臨床研究からもω-6/ω-3脂肪酸比と発癌、動脈硬化との関連の存在が指摘されている。我々はこのω-3、ω-6脂肪酸と疾患との関連に生理活性脂質であるグリセロリゾリン脂質が関与する可能性を考え、HepG2細胞およびcolon26細胞を用いてω-6/ω-3脂肪酸添加時のグリセロリゾリン脂質の変動およびその生理的な役割について検討した。 HepG2細胞、colon26細胞に市販の脂肪酸を投与しグリセロリゾリン脂質分子種について検討した。両細胞ともにAA投与にて20:4のLPC、LPG、LPIが上昇し、DHA投与にて相同する22:6のLPC、LPG、LysoPSの増加を認めた。次に脂肪酸代謝産物を検討した。HepG2細胞にAAを投与したところ、AA代謝産物の増加の他、一部のEPA代謝産物とPAFの増加を認めた。DHA投与ではDHA代謝産物の増加、EPA代謝産物の増加、一部のAA代謝産物の増加、PAFの増加を認めた。colon26細胞はAA投与ではAA代謝産物の増加とDHA代謝産物の減少を認めた。DHA投与ではDHA代謝産物の増加、AA代謝物の著明な減少を認めた。この結果から脂肪酸分子種とヒト疾患の関連は脂質メディエーターを介している可能性があることが示唆された。 またHepG2細胞において、DHA投与により細胞増殖抑制およびRAW264.7細胞に対する炎症性サイトカイン誘導代謝物の増加を認めたが、これらの生理的作用に関してはグリセロリゾリン脂質受容体であるGPR55が少なくとも部分的に関与する可能性が考えられた。本研究結果は疫学研究より提唱されている抗腫瘍作用を説明しうる。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
①-1脂肪酸分子種によるグリセロリゾリン脂質分子種の変動の検討:HepG2細胞およびcolon26細胞に市販の脂肪酸を投与しグリセロリゾリン脂質分子種が変動するか検討した。その結果両細胞ともにAAを投与すると20:4のLPC、LPG、LPIが上昇し、DHA投与にて相同する22:6のLPC、LPG、LysoPSの増加を認めた。 ①-2脂肪酸分子種による脂肪酸代謝産物の変動の検討:HepG2細胞にAAまたはDHAを投与したところ、AA投与ではAA代謝産物の増加の他、一部のEPA代謝産物とPAFの増加も認めた。DHA投与ではDHA代謝産物の増加、EPA代謝産物の増加、一部のAA代謝産物の増加、PAFの増加を認めた。colon26細胞はAA投与ではAA代謝産物の増加とDHA代謝産物の減少を認めた。DHA投与ではDHA代謝産物の増加、AA代謝物の著明な減少を認めた。 ①-3脂肪酸分子種による細胞数の変動の検討:HepG2細胞に各種脂肪酸を投与したところDHA投与にて増殖の低下を認めた。またDHAの増殖に対する影響にグリセロリゾリン脂質あるいは脂肪酸代謝産物が関与しているかどうか薬理学的に検討した。両細胞においてAAおよびDHAを投与したのち①-2で確認された脂肪酸代謝産物の産生系の阻害剤およびLPA産生酵素であるATXの阻害剤、LPGおよびLPIの特異的受容体であるGPR55の阻害剤を投与して、BrdUにて増殖を解析したところHepG2細胞においてGPR55阻害剤のみにてDHA投与による増殖抑制が阻害された。 ①-4脂肪酸分子種によるサイトカインの変動の検討:HepG2細胞にDHAを投与しconditioned mediumをRAW264.7細胞に投与したところTNF-α、IL-1β、IL-6の発現増加を認めた。またNFkBのリン酸化亢進を認めたが、GPR55の阻害剤投与にて阻害された。
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今後の研究の推進方策 |
脂肪酸分子種によるグリセロリゾリン脂質分子種の変動が脂肪酸による生体反応に関与するかについての検討(2019~2020年度)本研究では広くその疫学的な関連が証明されている脂肪酸分子種と炎症、癌および申請者が専門にする肝疾患について次のように検討する。[2-1]炎症に関する実験 ①で変動が観察されたグリセロリゾリン脂質分子種については、その分子種のグリセロリゾリン脂質を購入し、マウス単球系細胞株であるRAW264.7細胞に投与し炎症性サイトカイン(TNFα、IL-6、IL-1β、MCP-1など)の変動を調べる。また各種分子種の脂肪酸をRAW264.7細胞に投与し同様の検討を行う。さらに現在脂肪酸分子種と炎症との関連の基盤として想定されているエイコサノイドの産生系(COX、LOX、CYP)を阻害してもその変動が観察されるか、またLPA、LysoPSなどのグリセロリゾリン脂質の特異的受容体のアンタゴニストによりそれらの作用が阻害されるか検討する。[2-2]癌に関する実験 癌細胞としては脂肪酸分子種が関与するとされる大腸癌の細胞腫であるColon-26細胞を用いる。①で変動が観察されたグリセロリゾリン脂質分子種をColon-26細胞に投与し、増殖能、遊走能、浸潤能についてin vitroにて検討する。また、各種分子種の脂肪酸をColon-26細胞に投与し、同様の検討を行う。さらに、エイコサノイドの産生系の阻害剤、グリセロリゾリン脂質の特異的受容体のアンタゴニストにより、それらの作用が阻害されるか検討する。癌の病態生理への関与が考えられた脂肪酸、グリセロリゾリン脂質については、申請者の属する研究グループで確立している腹膜癌播種モデル(Colon-26細胞をBALB/cマウスに腹腔内投与する)を用いて、in vivoにて癌の進展に関与するか、アンタゴニストに治療的効果があるか検討する。
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