研究課題
本研究では、肝内胆管癌(ICC)の約20-30%に同定されるイソクエン酸デヒドロゲナーゼ(IDH)の変異が、正常肝内胆管細胞からの発癌に際し、どのような分子生物学的な機構を介してdriver geneとして働くのかを解明する。IDHは、ミトコンドリアにおけるクエン酸回路においてαーケトグルタル酸(α-KG)をイソクエン酸に変換する酵素であるが、変異型IDHはイソクエン酸を変異特異的代謝産物である2-ヒドロキシグルタル酸(2-HG)に変換する。2-HGはα-KG依存性のヒストン及びDNA脱メチル化酵素を阻害するため、細胞のメタボロームのみならずエピゲノム修飾にも影響し、発癌に寄与すると考えられている。そこで我々は、マウス肝内胆管細胞へレンチウイルスを用いてIDH変異を導入し、puromycinで選択して安定発現株を樹立させた。IDH変異株は野生株に対して著明な増殖能亢進を示し、網羅的な発現解析及びメタボローム解析を行ったところ、解糖系律速酵素ホスフォフルクトキナーゼPFKのサブユニットであるPFKPの発現亢進を呈しており、癌細胞における特徴的な代謝として極めて重要である解糖系の亢進を誘導していることが明らかになった。また、PFKP遺伝子プロモーター領域におけるヒストンH3のリジン4のトリメチル化(H3K4me3)は、野生株と比較して変異株で有意に上昇しており、これら一連の変化が変異特異的代謝産物2-HGによって惹起されたエピゲノム異常によるものと考えられた。更にヒトICCにおいて、IDH変異陽性ICCではPFKP発現がIDH変異陰性ICCと比較して有意に上昇しており、PFKPがIDH変異陽性ICCにおける新規代謝標的マーカーである可能性が示唆された。
3: やや遅れている
マウス肝内胆管細胞を利用したin vitroの実験は順調に進行し、発癌過程で重要な役割を果たす解糖系の亢進という代謝リプログラミングが、変異特異的代謝産物2-HGを介した解糖系律速酵素遺伝子プロモーター領域のエピゲノム異常によって引き起こされるという、IDH変異の持つdriver geneとしての生物学的意義の一端を明らかにすることが出来た。しかしながら、IDH変異単独の導入では腫瘍形成能の獲得には至らなかったため、他の遺伝子異常を組み合わせ、免疫不全マウスを用いたin vivo移植実験を計画したが、折しも繰り返しの緊急事態宣言に伴う長期に渡るラボ使用制限や資材調達の遅延等が重なり、当初予定した通りには計画が進まなかった。
現在はラボの使用制限も概ね解除され、研究活動も再開されている。また、IDH変異のみならず他の遺伝子異常を組み合わせた2nd hit モデルについても、既に安定発現株を複数ライン樹立出来ている。今後は、それらの中から特に腫瘍形成効率の高い組み合わせを選んで、免疫不全マウスへの移植実験を中心に展開し、in vivo実験系で、IDH変異が発癌過程で果たす生物学的意義及び機能的役割を解明していきたいと考えている。
2020年3月から繰り返しの緊急事態宣言に伴い、長期間のラボ使用制限が影響し、研究計画の遂行に大きな支障を来したため。特に免疫不全マウスを用いた皮下腫瘍形成実験の遂行に支障を来し、研究計画において重要なin vivo modelでの表現型確認が著しく遅延したことが大きく影響した。幸い、ラボの体制は戻りつつあり、腫瘍形成効率の高い組み合わせも見つかったため、次年度以降は形成された皮下腫瘍の組織学的解析等を中心に検討していく予定である。
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Surgical Oncology
巻: 35 ページ: 484-490
10.1016/j.suronc.2020.10.011