研究課題
本年度は、当科で保管しているマウス膵癌初代培養細胞株2株を用いた。この細胞は、①LSL-KrasG12D;Trp53fl/flPdx1cre、②LSL-KrasG12D;Trp53R172H/+Pdx1creマウスより樹立した膵癌初代培養株である。本年度、この膵癌初代培養細胞株とマウス筋芽細胞との共培養実験を行った。まず、PCR法を用いて、共培養条件下での筋分化マーカー(MyoDやMyogeninなど)の測定を行った。いずれの膵癌初代培養細胞株でも、筋芽細胞との共培養により筋分化マーカーの有意な発現低下を認めた。また、膵癌初代培養細胞の培養上清を筋芽細胞に供給したところ、同様に筋分化マーカーが低下する現象が起こった。これらの結果より、培養上清中の液性因子が筋分化に抑制的に働いている可能性が示唆された。続いて、共培養条件下で筋芽細胞のミオシン重鎖免疫蛍光染色を行った。各視野における全核数に対するミオシン重鎖の核数の割合を測定して分化の指標(Fusion index)としたところ、いずれの細胞株でもFusion indexの低下が認められ、筋分化の抑制が定量的に証明された。メカニズムを解析する上で注目しているmiR(マイクロRNA)についても解析を行った。これまで膵癌、ならびに筋分化との関連が報告されているmiRについて、共培養条件下で筋芽細胞中のmiRを測定した。miR-133cでは膵癌初代培養細胞株との共培養により筋芽細胞での有意な発現の低下が認められた。In vivoの実験では、同系マウスに上記と同じ膵癌初代培養細胞株を同所移植した。経過中、餌の摂取量に大きな変化がないにもかかわらず、同所移植マウスでは早期から体重増加率の低下が認められた。移植6週間後のマウス下腿・下肢筋肉量と脂肪量は有意に低下しており、膵癌に伴うサルコペニアがIn vivoでも再現された。
2: おおむね順調に進展している
膵癌初代培養細胞株との共培養により、筋芽細胞の筋分化の抑制が、PCR法、免疫蛍光染色の両方で確認された。これにより同共培養条件でのマウス筋芽細胞の形態学的変化が定量的に証明できた。膵癌初代培養細胞株の培養上清を供給するのみでも、上記現象が再現できたことから、遠隔臓器同士(腫瘍細胞と筋細胞)のクロストークという当初の仮説をある程度支持する結果を得ることができたと考えている。上記結果より、膵癌細胞から放出される何らかの液性因子が、膵癌に伴うサルコペニアの進展に関与している可能性がある。メカニズムの解明という観点では、共培養条件下で特定のmiRの発現量が変化することが明らかとなり、メカニズム解析の足がかりとなる知見を得ることができた。現時点では共培養条件下の筋芽細胞からRNAを抽出すると同時に、培養上清中からRNAを抽出し、miRを始めバイオマーカーとなる因子を同定する作業を継続している。通常の方法では培養上清中から得られるRNA量が少なく、施行できるPCR回数が限られているため、現在、効率の良いRNAの回収法を検討している。また、miR以外の因子の関与についても検討中である。In vivoモデルでは、同系膵癌の同所移植モデルで筋肉量・脂肪量の低下が明らかとなり、膵癌によるサルコペニアを誘導することが確認され、マウスモデルは妥当であると考えた。移植6週後に、マウス筋肉からRNAを抽出し、PCR法で筋分化マーカーを定量したが、個体間のばらつきが大きく、有意差を認めるには至らなかった。これについては、膵癌による筋分化の抑制に対し、生体が代償的に筋分化マーカーの発現を上昇させている可能性も考えられ、更に実験系を工夫する必要があると考えている。本年より、マウスの筋力をIn situで定量することが可能となったため、筋分化マーカーについては、筋力との相関も併せて観察する予定である。
本年度は、下記を目標に研究を展開する。①In vitro系:膵癌初代培養細胞株と筋芽細胞の共培養実験を継続する。本年度は、筋分化の抑制を引き起こすメカニズムを解明することを主な目標とする。このため、共培養条件下での筋芽細胞よりRNAを収集し、トランスクリプトーム解析、マイクロアレイなどを用い、共培養により筋分化の抑制を引き起こす候補分子を同定する。候補分子が同定された後、その分子をshRNAなどでノックダウンして上記事象が解除されるか検討する。また、培養上清から効率よくRNAを回収する方法を探索した後、同様の検討を培養上清のRNAでも行うことを検討する。②バイオマーカーの探索:膵癌に伴うサルコペニア進展、ひいては予後不良因子となるバイオマーカーの探索をmiRの関連を探索する。現時点で候補miRは筋芽細胞の分化に関わるものが多いが、腫瘍の増殖、浸潤に関連するmiRについても本年度は検討対象とする。候補miRが同定された後、siRNAを用いたmiRのノックダウンにより、筋芽細胞の分化抑制が解除されるか実験を行う。③In vivo系での検討:同系膵癌の同所移植により、下腿・下肢筋肉の減少が認められた。サルコペニアの定義上、筋肉量のみならず筋力の低下も証明する必要がある。本年度は同系膵癌の同所移植マウスの筋力を測定すること、また筋肉からRNAを抽出するのみならず、組織学的に筋組織に変化がないか、検討する。④サルコペニア進展を解除する薬剤の探索:①により、候補となる候補分子が同定された後、文献学的検索により、サルコペニアを解除する候補薬剤の検討を行う。In vitroでは、培養上清などに候補薬剤を添加することにより、筋芽細胞の分化が促進されるかを検討する。In vitroではマウスに候補薬剤を経口投与することにより筋肉量低下が解除されるかを検討する。
当初購入する予定であったRT-PCR用プライマー(Myod1、Myog、Acta1)が、発注時にキャンペーン価格で販売されており、当初の見積り価格より安価に購入できた。また、同様に実験に必要な培養液、細胞培養用プレートについても一括発注により額面価格よりも低い価格で購入することができたため、74791円の残価が発生した。残価については、本年度の研究過程で新たに発見した候補薬剤の購入費用と、筋肉の合成や分化に抑制的に働くAtrogin-1 (FXBO32) のRT-PCR用プライマーの購入費用に充当する。
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