大動脈弁狭窄症は、高齢者において最も頻度の高い弁膜症かつ予後不良の致死的疾患である。唯一の治療法は弁置換術であり、いまだに効果的な薬物治療は確立していない。我々は大動脈弁狭窄症発症の分子機序を解明するため、大動脈弁狭窄症患者由来石灰化大動脈弁の網羅的遺伝子発現解析を実施した。その結果、カルシウム・リン代謝の調節機能を有する一つの分泌タンパク質 (Calcification-induced protein1:CIP1と命名した)の同定に成功した。CIP1を介した大動脈弁石灰化の分子機構を解明するとともに、大動脈弁狭窄症に対する治療標的分子となりうるかを評価するための研究を実施した。まず、CIP1が弁間質細胞(VIC)の骨芽細胞への分化に作用することを確認するため、CIP1遺伝子発現を抑制するsiRNAシステムを作製した。さらに、それらのVICへのトランスフェクションに成功し、CIP1抑制VICを作製した。これらのVICを用いて、骨芽細胞分化誘導を行い、CIP1抑制VICでは骨芽細胞への分化が抑制されることを確認した。また、CIP1遺伝子欠損マウスを入手し、交配を継続した。野生型マウス、CIP1遺伝子欠損マウスで大動脈弁狭窄症モデルを作製し、エコーを用いた大動脈弁流速の評価、壁厚変化の評価を行なった。その結果、CIP1遺伝子欠損マウスは野生型マウスと比較し大動脈弁流速の上昇が抑制され、壁肥厚も軽減することがわかった。さらに、モデルマウスの大動脈弁の組織免疫学的評価を行ったところ、骨芽細胞や軟骨細胞への分化が抑制されることが確認された。これらの結果より、CIP1は大動脈弁狭窄症における石灰化抑制治療の標的分子となる可能性が示唆される。
|