研究課題
急性腎障害は、日単位で急激に腎機能低下をきたす病態であり、高齢化や慢性腎臓病の増加などを背景に近年その発症頻度は上昇している。急性腎障害を発症するとその後慢性腎臓病や末期腎不全への進展の危険性が増加することが示されているが、急性腎障害の病態生理には不明な点が多い。近位尿細管は急性腎障害の際に強く障害されるが、動物モデルでの検討により近位尿細管は障害後、近位尿細管上皮細胞自身が増殖することで修復を行うことが示されてきた。しかし、この修復が特殊な細胞群の増殖によって行われるのか、あるいはあらゆる近位尿細管上皮細胞のランダムな増殖によって行われるのかは不明である。近年、他臓器では、障害時の修復に関与する特殊な一群に関する研究結果が報告されてきているが、興味深い点は、障害度に応じて修復に関与する細胞群が異なることである。肝臓や肺では軽度障害であれば、分化した細胞の増殖によって修復されるのが主体であるのに対して、重度障害であれば、特殊な細胞群が主として増殖することが示されている。これらを踏まえ申請者は、腎臓でも重度障害の際に特殊な細胞群が主として増殖し、近位尿細管修復に関与しているのではないかと仮説を立てた。軽度障害として30分間の虚血再灌流障害(30-min IRI)を惹起し、重度障害として60分間の虚血再灌流障害(60-min IRI)を惹起した。軽度障害と比較して重度障害では、皮質表層の近位尿細管上皮細胞の強い増殖を認めた。重度障害で強い細胞増殖が起こることが示唆され、この細胞の特性を明らかにすることを研究の目的とした。
2: おおむね順調に進展している
軽度および重度障害における腎臓の遺伝子発現解析で、重度障害でのみ著明に発現上昇するRunt-related transcription factor 1 (RUNX1)に着目した。軽度障害では皮質表層の近位尿細管上皮細胞にわずかなRUNX1の発現を認めるのみだが、重度障害では、強い増殖を行う皮質表層の近位尿細管上皮細胞に一致してRUNX1陽性細胞の集団を多く認めた。また最近、RUNX1のエンハンサー領域としてRUNX1+24mCNE (eR1)が同定され、造血幹細胞や異体部幹細胞を標識することが報告された(Ng CE, et al. Stem Cells 2010、Matsuo J, et al. Gastroenterology 2017)。このRunx1+24mCNE(eR1)が、腎修復に関わる細胞群を標識するかを検討した。eR1活性のレポーターマウスであるeR1-EGFPマウスを用いて検討すると、非障害腎や軽度障害が加えられた腎臓では近位尿細管上皮細胞にeR1活性の上昇はほとんど認めないのに対し、重度障害では、皮質表層の近位尿細管上皮細胞の約20%に一連の連なりをもって強いeR1活性の上昇を認めた。また、eR1の下流にCreERT2をつないだマウスeR1-CreERT2マウスと蛍光タンパクを発現するR26-tdTomatoマウスを交配させ、障害時のeR1活性化細胞の挙動を観察したところ、重度障害でeR1-EGFPを用いた検討と同様に近位尿細管上皮細胞の約20%がtdTomatoで標識された。さらにeR1-EGFP:eR1-CreERT2:R26-tdTomatoマウスを作成し、重度障害を惹起すると、EGFP陽性近位尿細管細胞とtdTomato陽性細胞の大部分が一致し、eR1-CreERT2マウスがeR1活性の上昇した細胞の系譜追跡に使用できることが示唆された。
重度障害後のeR1-CreERT2標識細胞で障害時や障害修復期の挙動を検討し、FACSでeR1-CreERT2標識細胞を回収し、どのような遺伝子プロファイルがあるかを評価する。次にeR1-CreERT2マウスと多色蛍光標識レポーターマウスR26-Confettiマウスを交配させ、障害時に一連の連なりをもって認めたeR1活性が上昇した細胞群が一細胞に由来するのかどうかも評価する予定である。また、eR1-EGFPマウスやeR1-CreERT2マウスを用いて、障害をしていない定常状態においてもeR1活性が上昇した細胞を近位尿細管上皮細胞全体の1-2%に認めることを確認しており、この細胞群が障害時にどのように増加するかの系譜追跡実験も合わせて行う予定である。さらにRUNX1発現の意義を検討するため、eR1-CreERT2マウスおよびNdrg1-CreERT2マウスとRUNX1 floxedマウスを交配させている。障害時にRUNX1が保護的に働くのか、あるいは障害を悪化させる方向に働くのかを検討する。
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Kidney Int
巻: 95 ページ: 526-39
10.1016/j.kint.2018.10.017