インフルエンザは人々の健康や社会活動に著しく影響する感染症であり、その予防・抑制にはワクチンが必須である。国内で使用されるインフルエンザワクチンの主要抗原タンパク質であるヘマグルチニン(HA)の球状頭部には複数のアスパラギン結合型(N型)糖鎖修飾配列が存在し、HAのN型糖鎖プロファイル(配置と数)はウイルスの性状や抗原性を規定する因子の一つと考えられる。特にHAの遺伝子変異頻度が高く、抗原性が多様化しやすい香港型インフルエンザウイルスでは、ワクチン製造株と市中流行株間の抗原相同性の不一致により、ワクチンの有益性が損なわれることが多い。本研究では、香港型ウイルスのHA球状頭部に潜在する「N型糖鎖の付加および欠損」がウイルスの性状や抗原性多様化に及ぼす影響を明らかにし、現行のHAワクチンの有益性を向上させる方法を検証した。初、次年度は国内で高頻度で流行した香港型株のHA遺伝子をクローニングしてプラスミドを構築し、逆遺伝学的手法により組換えウイルスを作製した。次にウイルスの性状(増殖能や病原性)をイヌ腎由来(MDCK)細胞や動物実験で検証し、N型糖鎖プロファイルとウイルスの性状との関係を明らかにした。最終年度では、組換えウイルス株からHAタンパク質を抽出して抗原を作製した。N型糖鎖プロファイルが異なる複数種のHAをカクテル化した抗原(カクテルHA抗原)と単一HA抗原を動物に免疫して抗血清を作製し、カクテルHA抗原由来の抗血清と単一HA抗原由来の抗血清のウイルス中和能等を比較検証した。その結果、カクテルHA抗原由来の抗血清は、単一HA抗原によって得られた血清よりも強い中和活性を示す傾向が認められた。以上の実績から、N型糖鎖プロファイルはウイルスの性状や抗原性に干渉しており、HA球状部のN型糖鎖を考慮した抗原カクテル化はワクチン効果改善の手段として有効である可能性が示めされた。
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