研究代表者は、これまでに嗅覚受容体の一つであるOLFR15がマウス膵β細胞に発現し、グルコース応答性インスリン分泌(GSIS)の促進に重要な役割を果たしていること、を明らかにしてきた。その知見に基づき、膵β細胞の嗅覚受容体という化学受容器を介したインスリン分泌増強機構とインクレチンシグナルとの相互作用を明らかとし、化合物制御によるGSIS促進治療に向けた検討を行った。 まず、膵β細胞の細胞株であるMIN6細胞を用いて、OLFR15を介したGSIS増強物質としてこれまで明らかにしてきたオクタン酸以外の化合物の探索を進めた。その結果、OLFR15を過剰発現した細胞株を用いた検討でリガンドである可能性が報告されているヘキサン酸アミルやフェニル酢酸アリルがMIN6細胞でオクタン酸と同等以上にGSIS増強作用を示すことを見出した。この結果は、ヘキサン酸アミルやフェニル酢酸アリルが膵β細胞に発現するOLFR15の新たなリガンド候補になること、化合物制御によりGSIS増強効果をより高める可能性があること、を示唆するものである。さらに、MIN6細胞を高濃度グルコース条件下でヘキサン酸アミルとGLP1で同時に刺激した際に認められるインスリン分泌は、ヘキサン酸アミル単独またはGLP1単独で刺激したときよりも増強されることが示された。この結果は、ヘキサン酸アミルがGLP1によるインクレチンシグナルとの相互作用によりGSISを増強することを示唆する。 これまでに研究代表者は嗅覚受容体シグナルを介したインスリン分泌が低濃度グルコース条件下では促進されないことを示しており、今回の成果と併せて、嗅覚受容体を介したインスリン分泌促進機構は、インクレチンシグナルと相互作用をもち、低血糖を起こさずにインスリン分泌を促進させる糖尿病の新しい治療標的になりうることが示唆された。
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