研究課題
癌の転移は癌細胞自体の能力と、癌を取り巻く腫瘍微小環境との相互作用によって形成される。腫瘍微小環境においては、癌の進展を抑制する免疫細胞と、促進する免疫細胞とが存在する。癌の進展を抑制する免疫細胞として腫瘍浸潤リンパ球が知られ、癌の進展を促進する免疫細胞として腫瘍関連マクロファージや制御性T細胞が知られ、特に後者は癌に対する免疫を抑制し、癌の免疫逃避に関わる。腫瘍微小環境中ではこのようなT細胞やマクロファージ等の腫瘍関連免疫細胞(TAIC)が重要な役割を担っている。スフィンゴシン-1-リン酸(S1P)は、脂質でありながら蛋白質と同じように細胞情報伝達物質として働く脂質メディエーターである。本研究の目的は、「乳癌患者の腫瘍微小環境において、S1PがTAICに作用することで腫瘍免疫微小環境の形成に寄与し、癌の浸潤、転移や薬物療法の効果に影響を及ぼしている」という仮説を検証し、S1PのTAICに対する役割とその臨床的意義を明らかにすることである。平成31年度は、乳癌手術検体および血液を対象とし、質量分析装置を用いてS1Pを含むスフィンゴリン脂質のリピドミクス解析を行い、S1P濃度は傍腫瘍乳腺組織や正常乳腺組織よりも腫瘍組織内で最も高いことを発見した。また、The Cancer Genome Atlas(TCGA)のデータベースを用い、乳癌症例において、S1Pを含むスフィンゴリン脂質関連遺伝子とTAIC関連遺伝子の発現に関して、バイオインフォマティクスによって網羅的に解析をした。S1Pの産生酵素であるスフィンゴシンキナーゼ1(SPHK1)は正常乳腺組織よりも腫瘍組織で発現が上昇していること、SPHK1の発現が上昇している腫瘍組織では、CD68、CD163、CD4、FOXP3等の腫瘍免疫にかかわる遺伝子の発現が上昇していることを発見した。
1: 当初の計画以上に進展している
平成31年度は研究課題BとCについて研究を推進し、計画通りに進行している。以下に進捗状況の詳細を記載する。課題研究B 乳癌手術検体によるS1PのTAICへの作用と臨床的意義の解明:乳癌手術検体および血液を対象とし、質量分析装置を用いてS1Pを含むスフィンゴリン脂質のリピドミクス解析を行った。S1P濃度は傍腫瘍乳腺組織や正常乳腺組織よりも腫瘍組織内で最も高い結果となり、腫瘍組織がS1Pの主な産生源である可能性が示唆された。課題研究C バイオインフォマティクスによるスフィンゴリン脂質とTAICとの関連の解析:The Cancer Genome Atlas(TCGA)のデータベースを用い、乳癌症例において、S1Pを含むスフィンゴリン脂質関連遺伝子とTAIC関連遺伝子の発現に関して、バイオインフォマティクスによって網羅的に解析を行った。S1Pの産生酵素であるスフィンゴシンキナーゼ1(SPHK1)は正常乳腺組織よりも腫瘍組織で発現が上昇していること、SPHK1の発現が上昇している腫瘍組織では、CD68、CD163、CD4、FOXP3等の腫瘍免疫にかかわる遺伝子の発現が上昇していることを発見した。このことから乳癌における複雑な腫瘍免疫微小環境に関与している可能性が示唆された。
令和2年度は主に課題研究について研究を推進し、論文化を行う。課題研究A 乳癌細胞移植マウスモデルを用いたS1PによるTAIC制御機構の解明:癌と宿主のSphK1が腫瘍免疫微小環境に及ぼす影響を調べるために、SphK1をノックアウトもしくは過剰発現させた乳癌細胞を、SphK1ノックアウトおよび野生型マウスの乳腺に各々同所性に移植し、腫瘍の増殖や転移を評価し、腫瘍微小環境を組織学的に解析する。TAICの組織学的な検索として、腫瘍浸潤リンパ球の同定にはCD3/4/8等のT細胞マーカーを用い、腫瘍関連マクロファージの同定にはF4/80、CD11b(マウス)、CD68(ヒト)、制御性T細胞の検出にはFOXP3等の特異的表面マーカーを用い、SphK1により産生されたS1PがTAICに及ぼす影響を解明する。課題研究B 乳癌手術検体によるS1PのTAICへの作用と臨床的意義の解明:乳癌手術検体を用いて、抗リン酸化SphK1(pSphK1)抗体とTAICの表面マーカーによる免疫組織化学を行い、SphK1の活性化とTAICの関連性を調べる。乳癌手術検体および血液を対象とし、質量分析装置を用いてS1Pを含むスフィンゴリン脂質のリピドミクス解析を行い、免疫組織化学のデータと合わせて統合解析を行い、乳癌患者におけるS1Pの臨床的意義について、免疫学的な視点から検討する。
年度内に発注した備品の納入が、年度内に間に合わなかったため。
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