癌を取り巻く腫瘍微小環境中では癌に対する免疫を抑制する、抑制T細胞やマクロファージ等の腫瘍関連免疫細胞(TAIC)が重要な役割を担っている。スフィンゴシン-1-リン酸(S1P)は、脂質でありながら蛋白質と同じように細胞情報伝達物質として働く脂質メディエーターである。本研究の目的は、「乳癌患者の腫瘍微小環境において、S1PがTAICに作用することで腫瘍免疫微小環境の形成に寄与し、癌の浸潤、転移や薬物療法の効果に影響を及ぼしている」という仮説を検証し、S1PのTAICに対する役割とその臨床的意義を明らかにすることである。これまでの研究で、乳癌手術検体中のS1P濃度は傍腫瘍乳腺組織や正常乳腺組織よりも腫瘍組織内で最も高いことを発見した。また、The Cancer Genome Atlasのデータベースを用いた網羅的解析では、S1Pの産生酵素であるスフィンゴシンキナーゼ1(SPHK1)の発現が上昇している腫瘍組織では、腫瘍免疫にかかわる遺伝子の発現が上昇していることを発見した。乳癌手術検体を用いて組織中S1Pを測定し、TAICに関連する蛋白発現について免疫組織化学で検討を行った。リン酸化SPHK1が強発現し、S1P濃度が高い症例では、TAICの腫瘍への集簇性が高い可能性が示唆された。以上の研究成果を論文として報告した。さらにS1PとTAICとの関係について、その作用メカニズムを追究するために、S1P濃度を既に測定した乳癌手術検体について、追加でRNAシークエンスを行い、乳癌におけるS1P濃度とS1P関連遺伝子及びTAIC関連遺伝子の発現について網羅的に解析を行った。最終年度では、RNAシークエンスデータの統合解析を施行した。S1P濃度を既に測定した乳癌手術検体について免疫逃避機構(PD-L1)を評価し、S1P濃度との関連について検討を行った。
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