整形外科などで四肢の手術を行う際は、無血術野の確保と出血量の抑制を目的として駆血帯(ターニケット)による駆血が行われることが多い。虚血による神経筋組織の損傷を予防するためには虚血時間を最小限にとどめることが望ましいが、手術の進行状況によっては虚血時間を予定より延長せざるを得ない場合がある。その場合でも虚血に陥った組織の酸素消費量を抑制することができれば細胞寿命は延長すると考えられ、術後の合併症および機能回復の遅れを予防することが期待できる。ラットにおける研究では駆血前にロクロニウムを投与すると筋細胞の障害を予防できることが報告されており、ヒトでも同様の効果が得られることが明らかになれば、虚血に伴う合併症や機能回復への影響を軽減できることが期待される。 本研究は人工膝関節置換術を受ける患者を対象とし、駆血開始前にロクロニウムを投与する群と投与しない群に無作為割付を行った。全身麻酔導入後、駆血3分前にロクロニウム0.9 mg/kgまたは同量の生理食塩水を投与した。駆血前と駆血解除5分後に血液検査を行い、ミオグロビン、CK、AST、LDH、カリウムといった筋細胞崩壊時に上昇することが知られている物質、乳酸、尿酸、HPX (hypoxanthine)といった嫌気性代謝時に上昇することが知られている物質、また虚血再灌流障害の指標となるMDA (malondialdehyde)を測定し、これらの変化量をそれぞれ比較した。 2019年7月から2022年5月の間に43名で研究を実施し、研究プロトコルから外れた6名を除いた37名(ロクロニウム投与群19名、ロクロニウム非投与群18名)で比較した結果、ロクロニウム投与群はロクロニウム非投与群と比較してHPXの上昇が有意に少なかった。本研究の結果から、駆血前にロクロニウムを投与することで虚血の影響を軽減できる可能性が示唆された。
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