周術期に用いられる吸入麻酔薬は術後の覚醒の早さから広く用いられている。しかし他の麻酔薬と同様に、神経や心筋そしてがん細胞における細胞死抵抗性を高めることがこれまで報告されてきた。一方、がん原遺伝子のひとつであるKRAS遺伝子変異の有無は、大腸がん治療の予後に大きく影響することから、難治性がんの治療にはKRAS遺伝子の遺伝子検査が実施されている。こうした背景のもと、がんを発生する原因の一つとなるがん原遺伝子に変異をもつがん細胞と、周術期に長時間用いる麻酔薬の影響を明らかにすることは、より安全な周術期管理を目指すために必須となる基礎研究である。そこで本研究では担がん患者の周術期に使用する代表的な吸入麻酔薬セボフルランに着目し、異なるKRAS変異をもつがん細胞の増殖影響を調べた。2023年までにKRAS変異に違いのあるヒト培養大腸がん・結腸がん細胞株を用い、セボフルラン暴露後に原がん遺伝子KRASの発現量が増えることを確認した。さらに一部のヒト培養がん細胞株において、セボフルラン暴露は一過性にKRASとPI3Kキナーゼなどの増殖に関わる発現遺伝子を活性化していたことを見出した。またタンパク質リン酸化のパネル検査によってセボフルラン暴露は、MAPキナーゼ下流のリン酸化制御タンパク質の活性化を抑えたことを見出した。しかし免役不全マウスを用いた異種移植モデルにおいては、KRAS変異のある細胞株はその移植隗を優位に増大しなかったことから、さらに動物実験でのがん増殖影響について検討を重ねる必要がある。
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