研究課題/領域番号 |
19K18482
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研究機関 | 医療法人徳洲会野崎徳洲会病院(附属研究所) |
研究代表者 |
熊井 準 医療法人徳洲会野崎徳洲会病院(附属研究所), 研究所, 研究員 (20826549)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | 細胞外マトリックス(ECM) / ECMの硬さ / がんの転移 |
研究実績の概要 |
がんの転移は、原発巣から周囲組織への浸潤、血管内への侵入、血中での生存、転移組織への侵入、生着など複数のステップから成る。血中での生存と転移先組織での生着は、免疫監視からの回避メカニズムが明らかになるなど近年注目され、転移の成立において重要なステップである。そこで、転移先臓器での生着過程で、転移先組織の硬さへの細胞の適応性ががんの転移に与える影響にも着目し抗転移療法への応用を目指した基礎データ取得を目指している。ECMの硬度に対する細胞の適応性を評価する基材として硬度可変型PAゲルが用いられる。PAゲルはアクリルアミド(AA)とビスアクリルアミド(Bis-AA)の濃度を変えることで容易に硬度を調節可能であるため、ECM硬度と細胞応答性の関連を評価するためには、非常に重要な実験系である。しかし、PAゲルは細胞接着性を持たないためタンパク質架橋剤を用いて細胞接着性タンパク質を結合させ、細胞付着性を付与する必要がある。従来はタンパク質架橋剤としてsulfo-SANPAHをPAゲルに結合させ、硬度に対する細胞応答を評価してきたが、sulfo-SANPAHは非常に高価で不安定、溶解性も悪いなど様々な欠点を有する。さらに、AAの重合後に、sulfo-SANPAHを結合させるため作業工程が多くなってしまう。これらの欠点を解決し、簡便なPAゲルシステムを構築するために、安価なNHS-AAエステルをタンパク質架橋剤として用い、ゲル作製時に同時に混合することで、安価で簡便な作業工程で調整可能な新規PAゲルを開発した。現在本研究は投稿中である。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究における鍵となる実験系を開発し、それらを論文投稿中である点から、本研究の大きな前進であることは間違いないと考えている。従来タンパク質架橋剤としてsulfo-SANPAHをPAゲルに結合し、硬度に対する細胞応答を評価してきたが、sulfo-SANPAHは非常に高価で様々な欠点を有する。これらの欠点を解決し、簡便なPAゲルシステムを構築するために、安価なNHS-AAエステルをタンパク質架橋剤として用い、ゲル作製時に同時に混合することで、安価で簡便な作業工程で調整可能な新規PAゲルを開発した。まず初めにAAとNHS-AAエステルの混合比を決定した。AAとNHS-AAの比率を1:6で混合した際に最も強い細胞増殖活性を示した。さらに硬さの異なるゲルで細胞培養の様子を比較するとどちらも均一に増殖していた。次に1:6の比率で混合した硬さの異なるゲルにタンパク質が均一にコートされているかをGFPとrhodamine-Fibronectinの蛍光タンパク質を用いて確認した。その結果、硬さの異なるゲルはコートしたタンパク質の量に依存しゲル表面に均一にコートされていることが示された。従来のsulfo-SANPAHの実験系とNHS-AAエステルの実験系を比較し、同等の生物活性を有するかを確認した。その結果、sulfo-SANPAHの実験系と同等の生物活性を示した。細胞の接着・増殖・形態に違いがないことを確認している。さらに、この基材を用いて骨肉腫の原発株であるDunnと高転移株であるLM8の細胞増殖と形態を確認したところECMの硬さが硬くなるにつれて増殖能と細胞伸展能が増強することが示された。また、LM8はDunnと比較してより強い生物活性を示した。これらの知見は、骨肉腫の転移過程においてECMの硬さが転移の形成を促進することが示唆できる。
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今後の研究の推進方策 |
乳がんでなぜ細胞外環境の硬さを標的にした治療がうまくいかないかを検証し、骨肉腫と比較することで骨肉腫での有用性を明らかにする。① Mechanical memoryの解明:プラスチック培養基材に適応している細胞を、乳腺相当の硬さ(1 kPa)に再適応させ、その過程を継時的に評価する。細胞応答の違いは、細胞増殖・運動能・細胞形態という観点から評価を行う。さらに、YAP/TAZなどのMechanical memory関連因子をターゲットとしてこれらの発現を継時的に比較する。そして、再適応していく過程でMechanical memory関連因子がどのように再適応過程を制御しているのかを明らかにする。② 柔らかい環境に適応させた乳がん細胞株を出発点とする実験系と従来の実験系の比較:乳腺を模倣した硬さに再適応させた乳がん細胞とプラスチック培養基材で培養中の乳がん細胞を、肺を模倣した硬さに移し、異なる出発点が細胞応答に与える影響を解析する。評価軸は①と同様に細胞増殖・運動能。細胞形態で行う。③ 乳腺から肺、乳腺から骨などの硬さの異なる組織への転移メカニズムの解明:乳腺の硬さに再適応させた乳がん細胞を、骨を模倣した硬さ(ガラスやプラスチック培養基材)に移し細胞応答に与える影響を解析し、乳がんの骨転移メカニズムを明らかにする。さらに、出発点から硬軟の環境へ変わることでの遺伝子発現を比較し、異なる経路を介した転移メカニズムやそれらの環境での適応メカニズムの違いを明らかにできる。 そして、細胞外環境の硬さへの適応性を制御する因子を標的とした薬剤を用いて、抗転移療法を確立することを目指す。
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次年度使用額が生じた理由 |
細胞株の購入や論文投稿料が現時点で伝票として上がってきておらず多くの金額が残ってしまっている状況である。 金額は実際に、年度計画通り使用しており今後の研究計画への大きな変更はない。
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