研究課題
卵巣癌、卵管癌、腹膜癌(高異型度漿液性癌)は早期から容易に腹腔内に播種性転移を生じ、長期予後は極めて不良であるため、新規治療法の開発が求められている。卵巣癌治療では初の分子標的治療薬として抗VEGF抗体(ベバシズマブ)が2013年以降我が国で保険適応となり、進行卵巣癌に対し広く使用されるようになったが、その効果は限定的であり治療抵抗性症例や再発症例が少なくないことが分かってきた。また、高価な薬剤であることから、医療経済の観点からも有効症例の選別が必要である。治療抵抗性に関わる分子の同定とその分子を標的とする薬剤の開発、ならびに症例の層別化を可能にするバイオマーカーの開発は臨床的に喫緊の課題である。これまでの研究で、卵巣癌局所の腫瘍浸潤CD8陽性リンパ球数が患者予後と関わることが分かっている。また、新たな免疫抑制性細胞分画である骨髄由来免疫抑制性細胞(MDSCs)の浸潤が卵巣癌の腫瘍進展や患者予後不良にかかわることが分かってきた。さらに、我々は卵巣癌マウスモデルを用いた基礎的研究において、抗VEGF抗体治療抵抗性にMDSCsの浸潤が関与することを証明した。さらに我々は、MDSCsの誘導サイトカインであるCXCL1,CXCL2は、卵巣癌患者血清を用いた予後層別化マーカーになり得ることも示した。しかし、卵巣癌の臨床において、MDSCの浸潤やそれらのサイトカインと抗VEGF抗体治療抵抗性の関連についてはこれまで報告されていない。実臨床で使用されるベバシズマブ併用化学療法による効果と、腫瘍組織におけるMDSC浸潤や、治療前後のサイトカイン値の変動を調べ、ベバシズマブ治療抵抗性との関連性を検討する。
2: おおむね順調に進展している
TCGAから公開されているヒト卵巣癌RNA sequenceのデータで、ヒトMDSCのマーカーであるCD33の発現値を抽出したところ比較すると、Immunoreactive typeで最も発現が高く、次いでmesenchymal type、differentiated type、proliferative typeの順であった。これまで、Immunoreactive typeには抗VEGF抗体治療は無効であるとの報告もあり、CD33陽性MDSCの関与が示唆されている。進行卵巣癌に対する標準治療として術前化学療法後の根治的手術が行われるが、その術前化学療法に抗VEGF抗体を併用することが可能である。そこで、抗VEGF抗体併用術前化学療法の治療前後での血液ならびに腫瘍のサンプル確保が可能であり、我々は、現在臨床サンプルを蓄積中である。本年度で10症例、30サンプルの検体を収集し、保存済みである。
今後も継続して臨床サンプルの回収に努め、計15症例蓄積できれば、血清サンプル中のCXCL1,CXCL2,IL8,CXCL12,G-CSF,GM-CSF,VEGF,CCL2の値を解析するとともに、腫瘍サンプルにおけるCD33陽性MDSCやCD8陽性T細胞の分布を免疫染色を用いて調べる。術前化学療法の臨床的な奏功率や患者予後と液性因子の増減や絶対値との相関を調べることで、抗VEGF抗体治療抵抗性に関わる液性因子を同定することが可能と考える。
臨床サンプルの回収が必要な研究であり、コロナ禍の影響もあって、想定よりも新規来院患者が少なくサンプル確保が困難であった。次年度に繰り越して使用予定である。