研究実績の概要 |
体重階級制競技のアスリートは青少年期より高強度トレーニングを積む傍ら,試合前の数日間で急速に体重を減少させる急速減量にも挑んでいる (Nishimaki, 2020).これは体重規定を満たしつつ,かつ対戦相手より体格的に優位に立つための戦略である.急速減量は7日以内に体重の5%以上を減少させる減量と定義され,トップアスリートは選手生活を引退するまで長期にわたり試合の度にこれを繰り返している.しかしながら,一般人においてすら食事制限とそのリバウンドの繰り返しは壮年期以降の肥満や心身症と関連することが指摘されているため (McCargar, 1992),健康スポーツ科学の分野では急速減量の反復によってアスリートの壮年期に深刻な健康被害が誘導される可能性が危惧されている (Saarni, 2006).その一方で,急速減量の反復がアスリートに与える長期的影響を解析した研究は非常に少ない上に,その殆どは男性アスリートを対象としている.精神的身体的ストレスは女性ホルモン動態に強く影響するため,男性アスリートで得られた急速減量に関する知見を,性差を考慮せずにそのまま女性アスリートに適用することはできない. 予備調査として,体重階級制競技 (レスリング,柔道,ウェイトリフティング) の女性アスリート21名を対象とし (減量群11名,非減量群10名),試合前減量が月経周期に与える影響を調べた.減量群の導入日数は13.1 ±6.1日,減量率は5.2 ±2.1%であった (平均 ±SD).試合後の月経異常は減量群に多く観察されたが (減量群6/11名,非減量群3/10名),統計学的な有意差はなかった.すなわち,減量の導入日数が急速 (7日内) でなければ,減量による循環ストレス負荷を軽減できる可能性も示唆された.
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今後の研究の推進方策 |
ヒトを対象とした反復急速減量実験では倫理的制限が大きいため動物実験系を開発する. ICR系雌マウスを週齢5 (週齢5-8が思春期) に頻回群,軽度群,対照群の3群に分け,週齢5-10の6週間に急速減量を頻回群で20回,軽度群で12回繰り返す.予備実験の結果に基づいて,急速減量として16時間の絶飲食で体重を5%減少させ,翌日は2倍栄養食を摂取させて3群間の総栄養摂取量に差をつけない.初回と最終の急速減量前後における血清中の浸透圧,ナトリウムとアルドステロン濃度,酸化ストレス指標 (d-ROMs) の変化を3群間で比較する. 週齢12に3群それぞれを妊娠群と非妊娠群に分け (合計6群),妊娠群では週齢12-28に自然交配させ (週齢8-32が妊孕期),妊娠,出産,哺育させる.妊娠成立日齢,妊娠率,新生仔の数,出生体重,生育率を3群間で比較する. 週齢4,11, 月齢12 (月齢10-14が壮年期), 16, 20 (月齢18-24が老年期) に以下のデータを採取して6群間で比較する; 体重,摂食量,摂水量,体温・心拍数・血圧 (tail-cuff法),骨密度 (定量的CT法),体脂肪率 (TD-NMR法),空腹時血清濃度 (潜在性低エストラジオール血症にE2, P4, LH, FSH; 潜在性甲状腺機能低下にTSH; fT3; fT4; 骨代謝にALP, BAP, NTX; 耐糖能異常にHbA1c, glucose, insulin; 肥満・脂肪肝に中性脂肪, コレステロール, AST, ALT, adiponectin,leptin, resistin). 頻回急速減量による過度の酸化ストレスが壮年期に動脈硬化性の臓器障害を誘導するかどうかを確認する.次いで,頻回急速減量・酸化ストレス・臓器障害・内分泌異常が妊孕性低下・骨粗鬆症・肥満・高血圧・耐糖能異常と関連するかどうかを解析する.
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