本研究では妊娠中の栄養指標の一つである母体血中ケトン体が母児に及ぼす影響の解明を目的として検討を進めてきた。近年、ケトン体が神経保護作用や抑うつという有用な効果を持つことが明らかにされた。しかし、妊娠中の糖質制限食が母体や胎児の発育へ与える影響については臨床データが十分でない。 第一段階として、231名の健常単胎妊婦の妊娠初期・中期・後期の血液データと新生児の体形について解析した。その結果、妊娠中のケトン体濃度は新生児の体形に何ら影響を及ぼさないことが明らかとなった。そこで、妊娠中の栄養の問題の一つである鉄動態について解析した。鉄の欠乏は妊娠中の大きな合併症である貧血の主な原因であるが、日本人の妊娠中の鉄動態の変化については報告がない。妊娠中の貧血は分娩時の出血量の増加など、周産期合併症のリスク因子として知られており、特に妊娠後期の貧血は合併症との因果関係が疑われている。そこで、妊娠後期の貧血を予測する妊娠初期の血液指標因子について鉄動態を主に検討した。その結果、鉄動態は予測因子としては有用でなく、妊娠初期のヘモグロビン値が有用だと明らかとなり、医療経済的にも有用な情報であった。妊娠初期のヘモグロビン値のカットオフ値を12.6g/dLとした場合、感度83%、特異度59%で妊娠後期の貧血を予測できた。 第二段階として、別の集団の104名の健常単胎妊婦の妊娠中と産後の血液データ、および産後1か月のエジンバラ産後うつ自己評価表の点数(EPDS)を収集した。母体血中ケトン体濃度と産後1か月のEPDSを検討したところ、妊娠後期の母体血中ケトン体濃度が高いほどEPDSが高いかったが、産後1か月の母体血中ケトン体濃度とEPDSには関連性を認めないかった。ケトン体の神経保護作用が産後うつ病の予防効果に寄与しているという臨床的な関連性は見出すことができなかった。
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