舌表面にある味蕾は味覚感知に必要不可欠なものであるが、生理的な条件下でのその維持機構は未だ不明である。我々はこれまでに、糸状乳頭間のくぼみ (IPP)に存在するBmi1陽性舌上皮幹細胞が、周囲の糸状乳頭の角化上皮細胞を維持することを明らかにしたが、これらは味細胞に分化しないことがわかっている。 本研究では、舌上皮細胞のscRNA-seqとrainbowマウスを用いた多色細胞系譜追跡により、味蕾幹細胞の探索、解析を行なった。これまでの研究で、転写因子Sox2は舌上皮細胞の恒常性維持や味蕾細胞の形成に必須の役割を担っていることが明らかになっているが、Sox2陽性細胞からオルガノイドを形成できること、また糸状乳頭と茸状乳頭の両方を構成するほぼ全ての細胞でSox2が発現していることからSox2陽性細胞集団には幹細胞とその子孫の大多数が含まれていることが示唆された。そこで、Sox2陽性細胞を単離し、scRNA-seqを行なった。StemID2による幹細胞クラスターの探索などから、遺伝子Xを新規味蕾幹細胞マーカー遺伝子として同定した。STREAMやMonocle3を用いた擬似時間解析から、X陽性細胞からKrt14/Lgr6陽性味細胞とKrt4/Krt13陽性分化上皮細胞の2つの軌跡を描くことができた。次に、多色細胞系譜追跡によるX陽性細胞の挙動を観察した。標識初期においてXの発現はIPPの基部に確認され、その後12週までに子孫細胞によって茸状乳頭と隣接する糸状乳頭の両方を占有するクラスターを生じた。これらの結果は、X陽性細胞が茸状乳頭と糸状乳頭の両方を長期的に維持する多能性幹細胞として機能していることを示す。 以上から、茸状乳頭に隣接するIPPの基部に存在するX陽性細胞が、味蕾に含まれる全ての味細胞と、周囲の糸状乳頭の角化上皮細胞を維持する多能性幹細胞であることを明らかとなった。
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