研究課題/領域番号 |
19K19240
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研究機関 | 横浜市立大学 |
研究代表者 |
北島 大朗 横浜市立大学, 医学研究科, 客員研究員 (50817351)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | 口腔癌 / 抗癌剤 / 動注化学療法 / シミュレーション / 数値流体力学 / 外頸動脈 / 共通幹 |
研究実績の概要 |
本年度は前年度に引き続き,外頸動脈からその分枝が独立分岐せずに「共通幹」として分岐している血管形状に対して,流体解析により抗癌剤の挙動シミュレーションを行った。とくに本邦で高頻度でみられる舌動脈・顔面動脈の共通幹を有する患者に焦点を当てた。舌動脈・顔面動脈の共通幹が長く,外頸動脈からの分岐角が大きい症例と,舌動脈・顔面動脈の共通幹が短く,分岐角が小さい口腔癌患者それぞれについて,医用画像から形状データを抽出して,それらに申請者がコンピュータ上でデザインした模擬カテーテルを組み合わせて,共通幹内にカテーテルが留置された状態を解析モデルで再現した。ICEM CFDで計算格子(Tetra-prism mesh)を付与し,流体解析ソフトのANSYS FLUENTの化学種輸送解析を用いて解析モデル内の抗癌剤の挙動についてシミュレーションを行った。流体解析の出口境界条件には申請者が先行研究で開発した末梢血管0D(ゼロ次元)モデルを適用することで,頸動脈内の生理的な血流を再現した。解析の結果,舌動脈・顔面動脈の共通幹が長い場合は抗癌剤は顔面動脈と舌動脈の両方に輸送されたが,短い場合は顔面動脈にのみ抗癌剤が分布した。手圧による抗癌剤の灌流域確認手法であるインジゴカルミン染色を模擬した解析も行ったところ,シリンジポンプの設定速度の場合の解析により得られた抗癌剤の分布と一致しなかった。カテーテル先端周囲,顔面動脈内,舌動脈内の抗癌剤の濃度勾配を算出すると,カテーテルの先端から半径2㎜の空間において最も高く,この空間の血流が抗癌剤の輸送において重要であることが示された。成果は当初の予定通り学術雑誌(査読有り,インパクトファクター付)に投稿し受理,掲載された。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
口腔癌に対する動注化学療法の抗癌剤の分布のメカニズム解明が進んだと判断できるため。 本研究の対象としている頸部の血管は走行が複雑であるため,その形状パターンの分類基準を簡易化した。「長い共通幹を有する患者」と「短い共通幹を有する患者」に分類し,それぞれの医用画像を用いて流体解析を行った。外頸動脈本幹内にカテーテルが留置された状態(従来法の動注を模擬)を再現した解析モデル,舌・顔面動脈共通幹内にカテーテルを留置した状態(超選択的動注を模擬)を再現した解析モデルをそれぞれ作成した。カテーテル先端の位置を共通幹内の中心線に沿って2㎜ずつ末梢側に進めて,解析モデルにバリエーションを持たせた。FLUENTの化学種輸送解析を用い,カテーテル先端での抗癌剤の質量を100としたときの,外頸動脈の各分枝の抗癌剤の質量比を算出した。さらに,カテーテル先端の中心,舌動脈内と顔面動脈内のある1座標を定めて,それら座標から半径2㎜以内の空間の抗癌剤の濃度勾配を算出した。 まだn数が少ないため断定はできないが,超選択的動注を模擬した解析で,長い共通幹にカテーテルが留置されている場合は舌動脈と顔面動脈両方に抗癌剤が分布する傾向があり,共通幹が短い場合は顔面動脈に流れる傾向にあった。 また,従来法の動注を模擬した解析モデルでは共通幹に抗癌剤が流入しないものも見られた。さらには内頸動脈への抗癌剤の流入がみられるものもあった。 先行研究の段階ですでに抗癌剤が「頸動脈内の血流に輸送される」ことは明らかにされていたが,本年度は共通幹から舌動脈と顔面動脈がほぼ直角で分岐していることに着目して,FLUENTのEXECUTE_ON_DEMANDマクロを用いたプログラミングを作成して共通幹内の血流を舌動脈成分と顔面動脈成分に分解した。その結果,患者毎に共通幹内でそれらの成分の分布が異なっていることまでが明らかにされた。
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今後の研究の推進方策 |
引き続き流体解析による共通幹の抗癌剤の分配シミュレーションを行う。 本邦では外頸動脈の分岐パターンは外頸動脈から独立分岐する場合が最多で,次いで舌・顔面動脈の共通幹を示す頻度が高いため,それを有する血管形状を対象として抗癌剤の挙動を流体解析を用いて観察する。また,解析手法の基盤は今までの研究で構築されたものと思われるため,解析モデル数を増やして,シミュレーションと実現象との比較を行う。舌・顔面動脈の共通幹内にカテーテルを留置して動注化学放射線療法を行った症例の医用画像を用いて抗癌剤の分布を解析し,実際の治療効果(治療中および治療後の口腔内外臨床所見,カテーテル留置後のフローチェックのためのインジゴカルミン染色やDSAの所見,治療後の医用画像)と比較して,共通幹にカテーテルを留置して動注化学療法を行った後に原発再発残存を認めた症例と完全奏功した症例とで頸動脈内での抗癌剤の挙動に違いがあるのかを検証する。 また,外頸動脈の形状のほかの分岐パータンについても解析を行い動注化学療法における抗癌剤の挙動について解明を進める。今まで対象としてきた舌・顔面動脈の共通幹の他にも上甲状腺動脈と舌動脈からなる共通幹(Thyrolingual trunk),またそれに顔面動脈が加わった共通幹(Thyrolinguofacial trunk)などにおいて流体解析を行い,抗癌剤の分配メカニズムの解明を進める。 さらには研究手法を応用させることでカテーテルが複数留置された状態を再現可能と思われる。横浜市立大学附属病院歯科口腔外科矯正歯科では浅側頭動脈からだけではなく後頭動脈からもカテーテルを留置し,動注化学療法を行っている。二本のカテーテルが同時に留置された状態で抗癌剤を投与することがあるため,それを再現した解析を行う。
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次年度使用額が生じた理由 |
前年度の報告書にも記載した通り,本研究はその解析対象領域が先行研究のそれと比較して大きくなるために,高性能のワークステーションが必要であると見込んでいたが,それが既存のマシンでも解析可能であることが分かった。また,2020年度はCOVID-19のPandemicのため,当初計画していた学会参加が中止となったことも影響し,予算の割り当てに変更が生じている。差額分は2021年度の予算は解析ソフトウェア(ANSYS)のライセンス更新料と論文投稿に関する費用に充てる。
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