ヒト口腔内は温度変化、pH、酸化ストレスなどの因子により大きく環境が変化するため、口腔内細菌はその環境変化に適応しなければならない。その中で、S. mutans は耐酸性を有しており酸性条件下で生存することが可能である。さらにDNA 修復機構が存在し、分子シャペロンDnaK やGroEL の関与が示唆されている。本研究では、DnaKの発現過剰株、発現抑制株を作製し、検討を行った。バイオフィルム構造において、コントロール株と比較して過剰発現株では著明な凝集塊が認められた。また、グルコシルトランスフェラーゼ (GTF) の発現と酵素活性をSDS-PAGE を用いた分析により調べたところ、過剰発現株のGTFのバンドがコントロール株と比較してより濃く太く出現していることから、DnaK過剰発現株のGTF 酵素活性が上昇していることが示された。これらの結果より、DnaK は菌の凝集に関与するグルカン結合タンパク(Gbp)およびGTFの発現にも関与していることが示唆された。また、シグナル伝達遺伝子comC の発現も検討したところ、過剰発現株で抑制され、発現抑制株で増加した。そこで、comC 欠失変異株を用いてdnaK の発現を比較したところ、dnaK の発現の増加を認めた。このことより、dnaK の発現はcomC を中心とするシグナル伝達系に関与し、さらにcomC とdnaK は相互に影響を与えている可能性が示唆された。今後、表層タンパクの発現制御メカニズムについての詳細な検討が必要である。さらに、新たな分子シャペロンを同定することで、口腔バイオフィルム形成におけるシグナル伝達システムの解明につながると考える。
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