歯根膜は生体の中でも力学的負荷に対して極めて鋭敏に反応する組織であり、歯周組織の恒常性維持に寄与している。しかし、歯根膜の細胞がどのように力学的負荷を感知し、歯周組織の維持・改変を制御しているかについては依然として明らかでない点が多い。本研究は細胞表面に突出し、シグナル受容体が集積するプライマリーシリアの組織内偏在に着目し、力学的負荷による部位特異的な組織改変メカニズムを明らかにしようとするものである。マウス歯根膜組織において、プライマリーシリアの存在が確認され、歯槽骨側と比較して歯根側に高頻度に観察された。クローズドコイルスプリングを用いた矯正学的歯の移動モデルマウスの組織解析から、矯正力負荷後の歯の移動開始に伴い、プライマリーシリアの発現頻度は減少傾向にあった。プライマリーシリアの化学的受容器としての機能として特に研究が進んでいるのが、ヘッジホッグシグナル経路である。矯正学的歯の移動モデルマウスの歯根膜において、ヘッジホッグシグナル経路の活性化マーカーであるGli1の発現について遺伝学的手法で解析を行った。薬剤投与により時期特異的にGli1陽性細胞を標識できる遺伝子改変マウスを使用し、GLi1陽性細胞の時空間的分布の変化を追跡した。その結果、歯根完成期には根尖部周囲にGli1陽性細胞が分布しており、その細胞群に由来する細胞は、時間経過とともに歯根膜全体へと分布を拡大していた。プライマリーシリアはその構造上、細胞の増殖期には発現せず、分化成熟が進んだG0期に発現するものと考えられる。そのことから、矯正力負荷後の歯根膜プライマリーシリア発現頻度の減少は、力学的負荷により歯根膜細胞が分化成熟期から増殖期に移行したことを示し、かつ増殖活性の高い細胞は根尖周囲のGli1陽性細胞由来のものである可能性が示された。
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