一過性の高強度運動が海馬ミトコンドリア生合成を高めることを見出したが、その増加機序は未だ解明できていなかった。近年、乳酸が骨格筋のミトコンドリア生合成を促す可能性が示唆されていることから、本研究は一過性の高強度運動で高まる海馬ミトコンドリア生合成にも乳酸が関与するか否かについて検討することを目的とした。 実験には、8週齢の雄ICRマウスを用い、先ず血中で高まった乳酸がどの程度、海馬の細胞外乳酸濃度に影響するかをマイクロダイアリシス法で検証した。その結果、乳酸腹腔内投与後、血中乳酸濃度の増加に伴い乳酸投与10分後から60分後まで、海馬の細胞外乳酸濃度の増加が認められた。しかし、この増加は乳酸トランスポーターであるMCTの阻害剤UK5099投与により抑制された。次に、マウスに疲労困憊に至るまでの一過性高強度トレッドミル走運動を課した。その結果、運動直後に血中乳酸濃度が上昇し、運動12時間後に海馬PGC-1α mRNA、運動48時間後にmtDNA量の増加が認められた。しかし、これらの増加は運動前のUK5099投与により消失した。一方、運動時に海馬においてアストロサイトのグリコーゲン由来の乳酸が神経細胞に供給されることが報告されていることから、当初の実験計画に加えて、高強度運動前にグリコーゲン酸化酵素阻害薬(DAB)の脳内投与が、運動後の海馬ミトコンドリア生合成の増加に影響を与えるか調べた。その結果、DAB脳内投与により運動中の海馬グリコーゲン分解が抑制されたが、高強度運動後の海馬乳酸濃度の上昇およびミトコンドリア生合成の増加には影響を与えなかった。このことから、一過性の高強度運動時に高まる血中乳酸が、MCTを介して脳内に取り込まれ、海馬ミトコンドリア生合成の促進に寄与する可能性がが示唆された。
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